第37話 理解できない
戦場には奇妙な静けさが流れていた。
つい先ほどまで死にかけていた勇者は雪の中で転げ回り、その勇者を助けた魔族は真っ赤になって怒鳴っている。
ネクロスには意味が分からなかった。
ハヤト: 「だから説明しろって!」
ヴェルミナ: 「助けたって言ってるでしょう!」
ハヤト: 「その方法だよ!」
ヴェルミナ: 「仕方なかったの!」
ガルデは腹を抱えて笑っている。
セレナも肩を震わせていた。
アスカは呆れたように息を吐く。
アスカ: 「戦場だということを忘れないでください。」
ハヤト: 「忘れてない!」
セレナ: 「忘れてるわよ。」
ハヤト: 「いや本当に!」
フローネはそんなやり取りを見ながら静かに安堵していた。
無事だった。
怪我はしている。
相変わらず馬鹿なことも言っている。
それでも生きている。
その事実だけで胸が軽くなる。
先ほどまで締め付けられるように苦しかった胸が、今は少し楽になっていた。
その時だった。
救出された青年が苦しそうに身じろぎする。
アスカがすぐに駆け寄った。
アスカ: 「意識が戻ります!」
全員の視線が集まる。
青年はゆっくり目を開いた。
まだ焦点は定まっていない。
だが生きている。
ハヤトは雪を払いながら近付く。
ハヤト: 「大丈夫か?」
青年はしばらく呆然としていた。
だが次第に記憶を取り戻したのか、その顔が恐怖に染まる。
青年: 「導師……。」
全員の表情が変わった。
セレナ: 「導師を知っているの?」
青年は震える声で答える。
青年: 「俺は……研究施設にいた……。」
青年: 「捕まって……実験に使われた……。」
ハヤトの表情が険しくなる。
ハヤト: 「導師はどこだ。」
青年は必死に息を整えた。
そして告げる。
青年: 「世界樹だ……。」
ネクロスの顔色が変わった。
それは本当に一瞬だった。
だが、セレナもアスカも見逃さない。
ハヤト: 「世界樹?」
セレナ: 「建国神話に出てくる存在よ。」
ハヤト: 「本当にあったのか。」
ガルデ: 「そこかよ。」
青年は続ける。
青年: 「導師は言っていた……。」
青年: 「世界を作り直すって……。」
沈黙が落ちた。
雪だけが静かに降っている。
ネクロスは初めて眉をひそめた。
ネクロス: 「馬鹿な。」
セレナが振り返る。
セレナ: 「何か知っているの?」
ネクロスは答えない。
だが明らかに動揺していた。
今まで余裕しか見せなかった死霊王が。
ハヤト: 「おい。」
ネクロス: 「……。」
ハヤト: 「導師は何をしようとしてる。」
ネクロスは黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
ネクロス: 「私も詳細までは知らない。」
ハヤト: 「は?」
ガルデ: 「仲間じゃねぇのか。」
ネクロスは首を横へ振った。
ネクロス: 「違う。」
ネクロス: 「私は魔王軍だ。」
ネクロス: 「導師は導師だ。」
その言葉にヴェルミナも黙る。
ネクロスは続けた。
ネクロス: 「奴は誰にも従わない。」
ネクロス: 「魔王にも。」
ネクロス: 「四天王にも。」
ネクロス: 「自分以外は全部道具だ。」
救出された青年の身体が震える。
思い出したくもない記憶なのだろう。
ハヤトは拳を握った。
導師。
黒い魔石。
実験施設。
世界樹。
全てが一つに繋がり始めていた。
その時だった。
ネクロスが小さく笑う。
もう先ほどまでの余裕ある笑みではない。
どこか疲れたような笑みだった。
ネクロス: 「やはり理解できない。」
ハヤト: 「またそれか。」
ネクロス: 「君たちのような生き方は分からない。」
ネクロスはハヤトを見る。
フローネを見る。
ヴェルミナを見る。
そして小さく肩をすくめた。
ネクロス: 「だが。」
ネクロス: 「少しだけ羨ましいとは思った。」
誰も言葉を返さなかった。
雪が静かに降る。
風が吹く。
戦いはまだ終わっていない。
しかし。
世界樹という新たな舞台が。
導師という本当の敵が。
すぐそこまで迫っていた。




