第36話 生命共有
雪は静かに降り続いていた。
誰も動かない。
ハヤトはフローネの腕の中で意識を失ったまま横たわっている。
肩から広がった黒い紋様は胸元にまで達していた。
アスカは何度も治療術を試していたが、状況は変わらない。
アスカ: 「駄目です……。」
アスカ: 「回復術が効果を示しません。」
セレナは険しい顔でハヤトを見る。
セレナ: 「四天王の呪いなんて聞いてないわよ……。」
ガルデ: 「どうにかなんねぇのか。」
アスカ: 「私の力では無理です。」
その言葉に全員が黙った。
ネクロスだけが静かに笑う。
ネクロス: 「だから言っただろう。」
ネクロス: 「死は平等だ。」
ネクロス: 「勇者も例外ではない。」
ヴェルミナはゆっくりと顔を上げた。
赤紫の瞳には怒りが宿っている。
ヴェルミナ: 「黙りなさい。」
ネクロス: 「事実を言っただけだよ。」
ヴェルミナ: 「それ以上喋るなら本気で燃やすわよ。」
ネクロスは肩をすくめた。
しかし口元の笑みは消えていた。
今のヴェルミナは本気だと分かったからだ。
ヴェルミナは再びハヤトを見る。
冷たい頬へ手を伸ばす。
その感触に胸が痛んだ。
つい先ほどまで騒いでいた男が、まるで別人のように静かだった。
ヴェルミナ: 「本当に馬鹿。」
返事はない。
ヴェルミナ: 「毎回毎回。」
ヴェルミナ: 「無茶ばっかりして。」
声が少し震える。
フローネはその横顔を見つめていた。
ふざけているのではない。
面白がっているのでもない。
今のヴェルミナは本気で苦しんでいる。
それが痛いほど伝わってきた。
ヴェルミナは小さく息を吐く。
そして静かに立ち上がった。
ヴェルミナ: 「仕方ないわね。」
セレナが顔を上げる。
セレナ: 「まさか。」
ヴェルミナ: 「そうよ。」
アスカも気付いたらしい。
表情が強張る。
アスカ: 「生命共有術ですか……。」
ガルデ: 「なんだそれ。」
アスカ: 「魔族の禁術です。」
アスカ: 「自分の生命力を他人へ分け与える術です。」
ガルデの顔色が変わる。
セレナも眉をひそめた。
セレナ: 「やめなさい。」
ヴェルミナ: 「嫌よ。」
セレナ: 「あなたまで危険になる。」
ヴェルミナ: 「知ってる。」
セレナ: 「死ぬかもしれない。」
ヴェルミナ: 「知ってるって言ってるでしょ。」
即答だった。
迷いは一切ない。
フローネは思わず唇を噛んだ。
自分ならそこまで出来るだろうか。
その答えを考えたくなかった。
◆◇◆
ヴェルミナはハヤトの隣へ座る。
そして静かに顔を覗き込んだ。
ヴェルミナ: 「後で絶対怒るでしょうね。」
返事はない。
ヴェルミナ: 「でも生きなさい。」
その言葉と共に足元へ紫色の魔法陣が広がった。
淡い光が雪原を照らす。
誰も見たことのないほど美しい魔法だった。
アスカ: 「これが……。」
セレナ: 「生命共有術。」
ヴェルミナはゆっくり身体を屈める。
ガルデが小さく目を丸くした。
ガルデ: 「おい。」
セレナ: 「黙りなさい。」
ガルデ: 「いや、でもこれ。」
セレナ: 「黙れ。」
ガルデは黙った。
だが目はしっかり見開いていた。
ヴェルミナは躊躇わなかった。
静かに唇を重ねる。
その瞬間。
紫色の光が強く輝いた。
魔力ではない。
生命力そのものが流れ込んでいく。
ハヤトの身体へ。
その代わりにヴェルミナの顔色は少しずつ悪くなっていった。
アスカ: 「生命力が移動しています……。」
セレナ: 「無茶苦茶ね。」
ネクロスは何も言わなかった。
死霊王ですら言葉を失っていた。
やがて。
ハヤトの指先が動く。
ピクリと。
もう一度。
今度ははっきりと。
アスカ: 「戻っています!」
フローネの目が大きく開く。
ハヤトの胸がゆっくり上下し始めた。
そして瞼が開く。
ぼやけた視界の向こう。
最初に見えたのはヴェルミナの顔だった。
ハヤト: 「ん……?」
ヴェルミナ: 「……。」
目が合う。
二人とも固まった。
ハヤトの脳が少しずつ状況を理解する。
顔が近い。
近すぎる。
そして周囲の全員がこちらを見ている。
数秒後。
ハヤト: 「え。」
ヴェルミナ: 「え。」
沈黙。
そして。
ハヤト: 「ぎゃあああああああああああああ!!」
ハヤトは勢いよく飛び起きる。
しかし肩の痛みでそのまま雪へ突っ込んだ。
ガルデが腹を抱えて笑う。
ガルデ: 「ははははは!!」
ガルデ: 「面白ぇ!!」
セレナも吹き出した。
セレナ: 「この状況でそれ!?」
アスカ: 「本当に勇者なんですか。」
ハヤトは顔を真っ赤にして叫ぶ。
ハヤト: 「何してんだお前ぇぇぇ!!」
ヴェルミナの顔も真っ赤だった。
ヴェルミナ: 「助けたのよ!!」
ハヤト: 「助け方がおかしいだろ!!」
ヴェルミナ: 「他に方法が無かったの!」
ハヤト: 「説明を先にしろ!!」
ヴェルミナ: 「意識無かったでしょうが!」
いつの間にか戦場の空気は消えていた。
フローネはそのやり取りを見ながら小さく安堵の息を吐く。
生きている。
馬鹿みたいに騒いでいる。
それだけで十分だった。
本当に。
今はそれだけでよかった。
一方で胸の奥が少しだけ痛む理由には、まだ気付かないままだった。
ネクロスはそんな一同を見つめている。
そして静かに呟いた。
ネクロス: 「理解できないな。」
その声には嘲笑も皮肉もなかった。
ただ純粋な困惑だけが残っていた。




