第35話 届かなかった手
ハヤトは亡霊巨人の胸へ飛び込んだ。
目の前には巨大な黒い結晶。
その奥には拘束された青年の姿が見える。
青年は意識を失っていた。
全身に黒い魔力が絡みつき、巨人の核として利用されているらしい。
ハヤト: 「おい!」
ハヤト: 「聞こえるか!」
当然返事はない。
ネクロスは下からその様子を見上げていた。
ネクロス: 「無駄だよ。」
ネクロス: 「その人間の意識はほとんど残っていない。」
ハヤト: 「だからなんだ。」
ネクロス: 「助からないと言っている。」
ハヤト: 「勝手に決めるな。」
ネクロスは少しだけ目を細めた。
どうしてこの勇者は諦めないのか。
本気で理解できなかった。
その間にもハヤトは剣を振るう。
黒い結晶へ何度も斬撃を叩き込んだ。
ヒビが入る。
さらにヒビが広がる。
そして。
バキィィン!!
大きな音を立てて結晶が砕け散った。
拘束されていた青年の身体が前へ倒れる。
ハヤトは慌てて抱き留めた。
ハヤト: 「よし。」
その瞬間だった。
亡霊巨人全体が激しく震え始める。
ネクロスの表情が変わった。
ネクロス: 「まずい。」
セレナも気付く。
セレナ: 「暴走する!」
アスカ: 「急いでください!」
巨人の身体中を黒い光が走る。
制御を失った魔力が暴れ始めたのだ。
ハヤトは青年を背負う。
ハヤト: 「どうする!」
ガルデ: 「飛び降りろ!」
ハヤト: 「高い!!」
ガルデ: 「知るか!!」
セレナ: 「今さら何言ってるのよ!」
フローネ: 「勇者様!」
ハヤトは眼下を見る。
確かに高い。
普通なら即死だ。
だが。
ここで迷っている時間もない。
ハヤト: 「信じるぞ!」
誰に言ったのか。
たぶん仲間全員にだろう。
そう言って。
迷わず飛び降りた。
フローネ: 「勇者様ぁぁぁ!!」
ヴェルミナ: 「この馬鹿ぁぁぁ!!」
次の瞬間。
亡霊巨人が爆発した。
轟音が雪山全体を揺らす。
黒い魔力が空へ吹き上がり。
巨大な身体が崩れ落ちていく。
まるで山が崩壊するような光景だった。
◆◇◆
数秒後。
雪原へ二つの影が落ちてくる。
ハヤトと青年だった。
ヴェルミナは即座に転移魔法を展開する。
落下速度が弱まり。
二人は雪の上へ転がるように着地した。
ガルデ: 「生きてるか!」
ハヤト: 「なんとかなった!」
セレナ: 「本当にしぶといわね。」
フローネは安堵の息を吐いた。
助かった。
間違いなく今そう思った。
だが。
その安心は長く続かなかった。
ハヤトの身体がふらつく。
そして。
膝をついた。
ハヤト: 「……あれ。」
顔色が悪い。
呼吸も荒い。
アスカの表情が一変する。
アスカ: 「待ってください。」
肩の傷。
そこから黒い紋様が広がっていた。
首へ。
胸へ。
血管のように侵食していく。
セレナ: 「嘘でしょ……。」
アスカは慌てて治療術を展開する。
柔らかな光がハヤトを包み込んだ。
しかし。
何も変わらない。
アスカ: 「駄目です!」
アスカ: 「治療が効きません!」
空気が凍り付いた。
ネクロスだけが静かに笑う。
ネクロス: 「ようやく効いてきたか。」
ハヤト: 「お前……。」
ネクロス: 「四天王の呪いだ。」
ネクロス: 「そう簡単には消えない。」
ハヤトは立ち上がろうとした。
しかし足に力が入らない。
視界も霞む。
身体が異様に重い。
ハヤト: 「まずいな……。」
その一言を最後に。
身体が前へ倒れる。
フローネが慌てて抱き留めた。
フローネ: 「勇者様!」
返事はない。
動かない。
呼吸はある。
だが弱い。
フローネの顔から血の気が引いた。
セレナも言葉を失う。
アスカは必死に治療を続けている。
しかし結果は同じだった。
ネクロス: 「終わりだ。」
ネクロス: 「勇者も死ぬ。」
ネクロス: 「それだけの話さ。」
誰も反論できない。
その時だった。
ヴェルミナがゆっくり前へ出る。
今まで見たことがないほど真剣な顔だった。
ネクロスですら笑みを消す。
ヴェルミナはハヤトの隣に膝をついた。
冷たくなった頬に触れる。
そして小さく呟く。
ヴェルミナ: 「本当に馬鹿。」
その声は震えていた。
フローネはそれを聞いてしまう。
見てしまう。
ヴェルミナがどれほど必死なのかを。
どれほどハヤトを失いたくないのかを。
ヴェルミナは静かに目を閉じた。
やがて覚悟を決めたように息を吐く。
アスカが顔を上げる。
セレナも気付いた。
ヴェルミナが何をしようとしているのかを。
ヴェルミナ: 「仕方ないわね。」
ヴェルミナ: 「死んだら許さないんだから。」
紫色の魔力がゆっくりと溢れ始めた。




