第31話 死霊王ネクロス
北へ向かう山道を進む勇者パーティの空気は、いつもより少し重かった。
獣王グラヴとの戦いから数日。
誰もが四天王の強さを改めて理解していた。
特にガルデは口数が少ない。
実の兄が四天王だったという現実は、それほど簡単に受け入れられるものではなかった。
ハヤト: 「寒い。」
ガルデ: 「またそれか。」
ハヤト: 「寒いもんは寒い。」
セレナ: 「子供ね。」
ハヤト: 「十八歳だぞ俺。」
フローネ: 「知っています。」
アスカ: 「知っています。」
ガルデ: 「知ってる。」
ハヤト: 「なんで全員言うの!?」
いつもの調子だった。
重くなりそうな空気を無理やり軽くしているのかもしれない。
そう思ったフローネは少しだけ笑った。
その時だった。
アスカが突然足を止める。
アスカ: 「来ます。」
全員の表情が変わった。
アスカが何かを感じた時は大抵当たる。
ハヤトも剣の柄へ手を伸ばした。
ハヤト: 「何がだ?」
アスカは空を見上げる。
全員もつられて上を見る。
そして息を呑んだ。
空を埋め尽くすほどの黒い鳥。
数百ではない。
数千に届きそうな大群だった。
まるで夜空そのものが飛んでくるような異様な光景。
フローネ: 「死霊鳥……。」
セレナ: 「最悪ね。」
ガルデ: 「知ってるのか?」
セレナは険しい顔で頷く。
セレナ: 「四天王の一人。」
セレナ: 「死霊王ネクロス。」
ハヤト: 「名前からして嫌な感じだな。」
セレナ: 「実際に嫌な奴よ。」
アスカ: 「死者を操る四天王です。」
ハヤトは思わず顔をしかめた。
なんとなくだが。
今まで戦った四天王とは種類が違う気がした。
◆◇◆
その日の夕方。
勇者パーティは近くの村へ到着した。
死霊鳥の進路上にあるため、避難を促す必要があったのだ。
だが。
村へ足を踏み入れた瞬間。
全員が違和感を覚えた。
静かすぎる。
村人たちは広場に集まっている。
しかし誰も騒いでいない。
誰も逃げていない。
ただ村の外を見つめていた。
ハヤト: 「なんだ?」
フローネ: 「様子がおかしいですね。」
村長らしき老人が震える声で呟く。
村長: 「来た……。」
その言葉に全員が振り返った。
雪原の向こう。
無数の人影が歩いてくる。
老人。
若者。
女性。
子供。
兵士。
冒険者。
数は百を超えていた。
だが誰一人として喋らない。
ただ静かに歩いている。
そして。
村人たちの顔が青ざめた。
村人A: 「親父……。」
村人B: 「兄ちゃん……。」
村人C: 「そんな……。」
ハヤトは気付く。
あれは敵じゃない。
この村で死んだ人たちだ。
墓へ埋葬されたはずの人たちだ。
それが歩いている。
ハヤト: 「ふざけんな……。」
静かな怒りが込み上げる。
それを聞いたかのように、死者たちの列が左右へ開いた。
黒い霧の中から一人の男が姿を現す。
痩せた身体。
青白い肌。
死人のような顔色。
そして不気味なほど穏やかな笑顔。
男は優雅に一礼した。
ネクロス: 「初めまして。」
ネクロス: 「勇者。」
村が静まり返る。
ネクロスは気にした様子もなく続けた。
ネクロス: 「私はネクロス。」
ネクロス: 「死霊王と呼ばれている。」
ハヤト: 「なるほど。」
ネクロス: 「うん?」
ハヤト: 「嫌いだ。」
一瞬。
ネクロスが本当に固まった。
予想外だったのだろう。
数秒後。
小さく笑う。
ネクロス: 「面白い。」
ネクロス: 「初対面でそう言われたのは久しぶりだ。」
ハヤト: 「光栄だな。」
ネクロス: 「褒めてないよ。」
ハヤト: 「知ってる。」
そのやり取りにガルデが吹き出した。
セレナは額を押さえる。
フローネも少しだけ肩の力が抜けた。
だが。
そんな空気は長く続かなかった。
ネクロスが軽く手を上げる。
すると死者たちの列が再び開いた。
そこから一人の騎士が現れる。
銀色の鎧。
巨大な剣。
堂々とした立ち姿。
その姿を見た瞬間だった。
フローネの顔色が変わる。
呼吸が止まる。
手が震える。
フローネ: 「……団長。」
誰も動けなかった。
ネクロスだけが楽しそうに笑う。
ネクロス: 「知っているかな?」
ネクロス: 「君の師匠だ。」
フローネは言葉を失った。
かつて剣を教わった師。
戦場で命を落とした王国の英雄。
その男が。
今。
死者として目の前に立っている。
ネクロス: 「久しぶりの再会だ。」
ネクロス: 「感動するだろう?」
フローネの握る剣が震えていた。
そしてハヤトは初めて理解する。
今度の敵は。
バルガスより。
グラヴより。
ずっと嫌な相手だと。




