第29話 恋に落ちる音
北の雪原。
吹雪。
視界は最悪だった。
勇者パーティは山道を進んでいる。
誰も口数が少ない。
先日の敗北が尾を引いていたからだ。
ハヤトだけは違った。
ハヤト:「腹減った。」
ガルデ:「緊張感ねぇな。」
ハヤト:「腹は減るだろ。」
ガルデ:「まぁな。」
セレナが呆れる。
アスカもため息を吐く。
フローネは少しだけ笑った。
本当にいつも通りだった。
その時だった。
ドォォォォォン!!
遠くで爆発音が響く。
全員の表情が変わる。
セレナ:「魔力反応!」
アスカ:「大きいです!」
フローネ:「戦闘ですね!」
ハヤトは剣を抜いた。
◆◇◆
現場へ到着した時。
そこは地獄だった。
吹雪の中。
巨大な魔物の群れ。
壊れた荷馬車。
倒れた兵士。
そして。
激しく戦う魔族たち。
ハヤト:「魔族?」
ガルデ:「魔王軍か!」
セレナが目を細める。
セレナ:「違う。」
セレナ:「襲われてる。」
中心にいたのは。
紫髪の魔族だった。
ヴェルミナ。
そして数人の配下。
ヴェルミナ:「チッ……!」
珍しく余裕がない。
大量の魔物に囲まれている。
その奥には。
もっと厄介な存在がいた。
黒いローブ。
白い仮面。
導師。
導師:「なるほど。」
導師:「実戦データとしては優秀だ。」
ヴェルミナの顔が歪む。
ヴェルミナ:「狂ってる……。」
導師の足元。
巨大な魔法陣。
黒い魔石。
そして。
新たな実験体。
セレナが息を呑む。
セレナ:「あれは……。」
アスカも青ざめる。
人間。
魔族。
魔物。
全てを混ぜ合わせた異形だった。
導師:「試作品第七号。」
導師:「実戦評価を開始する。」
怪物が動く。
速い。
次の瞬間。
ヴェルミナの部下が吹き飛んだ。
ヴェルミナ:「っ!!」
魔法を放つ。
効かない。
怪物はそのまま突進する。
ハヤト:「行くぞ!」
フローネ:「はい!」
ガルデ:「おう!」
勇者パーティ参戦。
◆◇◆
戦闘は混戦だった。
ハヤト。
ガルデ。
フローネ。
セレナ。
アスカ。
ヴェルミナ。
全員が戦う。
だが。
導師の怪物は強かった。
異常なほど。
セレナ:「押し切れない!」
アスカ:「再生しています!」
フローネ:「まずい!」
そして。
最悪の瞬間が来る。
怪物の標的が変わった。
ヴェルミナだった。
導師:「面白い。」
導師:「魔王側のデータも欲しかった。」
怪物が飛び込む。
速い。
誰も間に合わない。
ヴェルミナだけが分かった。
(死んだ。)
終わりだと思った。
だが。
一人だけ違った。
ハヤト:「どけぇぇぇぇぇ!!」
勇者が飛び込む。
怪物の一撃。
直撃。
ドォォォォォン!!
ヴェルミナの目の前で。
ハヤトが吹き飛んだ。
雪の上を転がる。
血が飛ぶ。
身体が動かない。
ヴェルミナ:「……え?」
理解できなかった。
敵だ。
自分は魔族だ。
助ける理由なんて無い。
なのに。
ハヤトは笑った。
血だらけのまま。
ハヤト:「無事か?」
ヴェルミナは言葉を失う。
ハヤト:「良かった。」
それだけだった。
それだけ。
それだけなのに。
胸が痛かった。
(なんなの。)
(なんなのよ。)
(この人。)
思い出す。
工房。
瓦礫。
『目の前で死にそうな奴見捨てられるかよ!』
あの時もそうだった。
今回も。
変わらない。
敵でも。
魔族でも。
関係ない。
ただ助ける。
ヴェルミナの胸が大きく鳴った。
ドクン。
もう一度。
ドクン。
理解した。
認めたくなかった。
けれど。
理解してしまった。
ヴェルミナ:(ああ。)
ヴェルミナ:(私。)
ヴェルミナ:(この人が。)
ヴェルミナ:(好きなんだ。)
初めてだった。
数百年生きてきて。
誰かのために。
涙が出そうになったのは。
◆◇◆
次の瞬間。
ヴェルミナの魔力が爆発した。
全員が振り返る。
セレナ:「何……!?」
アスカ:「魔力が……。」
フローネも固まる。
今まで見たことがないほど。
巨大な魔力。
ヴェルミナは涙を拭う。
そして。
怪物を睨んだ。
ヴェルミナ:「私の勇者様に。」
笑う。
だが。
目は笑っていなかった。
ヴェルミナ:「何してくれてるのかしら。」
導師ですら。
初めて沈黙した。
吹雪の中戦場の空気が変わる。
そして誰も知らない。
この瞬間、一人の魔族が完全に恋へ落ちたことを。




