第28話 届かない背中
断崖での戦いから一日後。
勇者パーティは近くの山小屋で休息を取っていた。
休息と言っても。
誰も休めていなかった。
ハヤトは外にいた。
雪の残る崖の上。
一人で剣を振っている。
何度も。
何度も。
何度も。
ひたすら。
ハヤト:(届かなかった。)
剣を振る。
ハヤト:(また負けた。)
振る。
ハヤト:(バルガスにも。)
振る。
ハヤト:(グラヴにも。)
振る。
汗が飛び散る。
呼吸が荒い。
それでも止めない。
ガツン。
不意に剣が止まった。
フローネだった。
フローネが自分の剣で受けていた。
ハヤト:「フローネ。」
フローネ:「休んでください。」
ハヤト:「嫌だ。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「嫌だ。」
珍しく頑固だった。
フローネはため息を吐く。
そして。
ハヤトの隣へ腰を下ろした。
しばらく二人とも何も言わない。
風だけが吹いている。
ハヤト:「なぁ。」
フローネ:「なんですか。」
ハヤト:「俺弱いかな。」
フローネが目を見開いた。
勇者はいつも自信満々だった。
根拠がなくても笑う男だった。
そんなハヤトが。
こんなことを言うのは初めてだった。
フローネ:「弱くありません。」
ハヤト:「でも勝てない。」
フローネ:「相手が異常なんです。」
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「俺、勇者だぞ。」
雪が静かに降る。
フローネは少し考えた。
そして。
小さく笑った。
フローネ:「勇者だから何ですか。」
ハヤト:「え?」
フローネ:「勇者だって負けます。」
フローネ:「失敗もします。」
フローネ:「立ち止まることだってあります。」
ハヤトは何も言わない。
フローネ:「でも。」
そこで少し視線を逸らした。
少しだけ頬が赤い。
フローネ:「立ち上がります。」
フローネ:「勇者様はそういう人です。」
ハヤトは少しだけ笑った。
ハヤト:「買い被りすぎじゃないか。」
フローネ:「事実です。」
そう言い切った。
◆◇◆
その頃。
山小屋の中。
セレナとアスカは資料を整理していた。
ガルデは酒の瓶を片手に窓の外を見ている。
ガルデ:「なぁ。」
セレナ:「何?」
ガルデ:「俺の兄貴。」
セレナは黙る。
ガルデ:「昔はな。」
ガルデ:「本当にすげぇ奴だったんだ。」
酒を一口飲む。
ガルデ:「誰より強くて。」
ガルデ:「誰より優しくて。」
ガルデ:「誰より仲間想いだった。」
アスカが静かに聞いていた。
ガルデは笑う。
少し寂しそうに。
ガルデ:「だから余計分かんねぇ。」
ガルデ:「なんで魔王軍なんかに行ったのか。」
沈黙。
セレナがぽつりと呟いた。
セレナ:「本当に自分の意思かしら。」
ガルデが振り返る。
セレナ:「導師。」
セレナ:「黒い魔石。」
セレナ:「全部繋がっている気がする。」
その時だった。
コンコン。
窓を叩く音。
全員が振り返る。
外にいたのは。
紫髪の美女だった。
ガルデ:「またか。」
セレナ:「またね。」
アスカ:「またですね。」
全員慣れ始めていた。
ヴェルミナ:「失礼ね。」
ヴェルミナ:「顔を見に来てあげたのに。」
ガルデ:「誰のだ。」
ヴェルミナ:「もちろん勇者様♡」
ハヤトが聞いたら卒倒しそうな台詞だった。
だが。
ヴェルミナの表情は少し違う。
アスカが気付く。
ヴェルミナは笑っている。
でも。
その奥に不安があった。
アスカ:「何かありました?」
ヴェルミナの笑みが消える。
ほんの一瞬だけ。
ヴェルミナ:「……。」
沈黙。
そして。
ヴェルミナ:「導師が動く。」
部屋の空気が変わる。
ヴェルミナ:「次は。」
ヴェルミナ:「本当に止められないかもしれない。」
その言葉は重かった。
誰も冗談だと思わない。
◆◇◆
そして。
その夜。
誰も知らない場所で。
導師は巨大な黒い魔法陣を見上げていた。
導師:「第一段階終了。」
導師:「第二段階を開始する。」
その足元には。
これまでとは比べ物にならない巨大な黒い魔石。
そして。
無数の実験体。
導師は笑う。
導師:「勇者。」
導師:「次は本気で試してやろう。」
勇者たちはまだ知らない。
次の戦いでヴェルミナの運命が大きく変わることを。
そして彼女自身もまだ知らない。
その戦いで自分が本当に恋へ落ちることを。




