第26話 獣王グラヴ
翌朝。
温泉村は平和だった。
昨夜まで四天王が近くにいたなど誰も知らない。
ハヤトもいつも通りだった。
ハヤト:「朝風呂最高だったな。」
フローネ:「反省していませんね。」
ハヤト:「何を。」
フローネ:「昨夜です。」
ハヤト:「事故だ。」
アスカ:「煩悩です。」
ハヤト:「事故だって!」
セレナ:「諦めなさい。」
ガルデだけが大笑いしていた。
◆◇◆
出発から半日後。
勇者パーティは雪山地帯へ入っていた。
木々にも雪が積もっている。
かなり寒い。
ハヤトはマントを握りしめる。
ハヤト:「寒い。」
ガルデ:「軟弱。」
ハヤト:「二回目だぞそれ。」
ガルデ:「何回でも言う。」
その時だった。
アスカが立ち止まる。
アスカ:「来ます。」
全員が止まる。
セレナも表情を変えた。
セレナ:「魔力。」
フローネが剣を抜く。
ハヤトも反応した。
前方。
雪原の向こう。
何かが立っていた。
巨大だった。
三メートル近い巨体。
灰色の毛皮。
獣のような角。
全身を覆う筋肉。
圧倒的な存在感。
そして。
黄金色の瞳。
その男は一人で立っていた。
ガルデの顔色が変わる。
ハヤトは初めて見る表情だった。
驚き。
怒り。
そして。
悲しみ。
全部混ざっている。
ガルデ:「……嘘だろ。」
その男が笑った。
獰猛に。
楽しそうに。
グラヴ:「久しぶりだな。」
グラヴ:「ガルデ。」
沈黙。
誰も喋らない。
雪だけが降っている。
ガルデが歯を食いしばった。
ガルデ:「生きてたのか。」
グラヴ:「勝手に殺すな。」
ガルデ:「テメェ……。」
ハヤトが小声で尋ねる。
ハヤト:「知り合いか?」
フローネ:「まさか……。」
セレナも驚いていた。
ガルデが答える。
ガルデ:「兄貴だ。」
ハヤト:「は?」
ガルデ:「実の兄だ。」
全員固まった。
ハヤト:「待て。」
ハヤト:「兄貴?」
ガルデ:「ああ。」
ハヤト:「四天王だぞ?」
ガルデ:「ああ。」
ハヤト:「兄貴?」
ガルデ:「だからそうだって言ってるだろ!」
ハヤト:「聞いてねぇ!!」
グラヴが豪快に笑う。
グラヴ:「面白い勇者だな。」
ハヤト:「嬉しくねぇ。」
グラヴ:「なるほど。」
グラヴ:「確かに気に入る。」
ガルデの拳が震えていた。
◆◇◆
数年前。
獣王国最強の戦士。
グラヴ。
ガルデの兄。
次期獣王候補。
誰もがそう思っていた。
だが。
ある日突然消えた。
行方不明になった。
そして数年後。
魔王軍四天王として現れた。
それがグラヴだった。
◆◇◆
ハヤト:「なんで魔王軍なんかに。」
グラヴは空を見上げる。
そして。
静かに言った。
グラヴ:「この世界は腐ってるからだ。」
フローネが眉をひそめる。
リーフィアがここにいたら怒っていただろう。
しかし。
グラヴの目は本気だった。
グラヴ:「獣人も。」
グラヴ:「人間も。」
グラヴ:「王も。」
グラヴ:「貴族も。」
グラヴ:「全部だ。」
ガルデが叫ぶ。
ガルデ:「だから魔王軍か!?」
グラヴ:「ああ。」
ガルデ:「ふざけんな!」
その瞬間だった。
ドォォォン!!
地面が爆発する。
ガルデが飛び出していた。
戦斧が唸る。
兄妹の激突。
雪が吹き飛ぶ。
山が震える。
グラヴも巨大な戦斧を取り出す。
同じ武器。
同じ戦い方。
だからこそ。
凄まじかった。
ガン!!
ガァァァン!!
衝撃波だけで木々が薙ぎ倒される。
ハヤトは息を飲む。
(強い。)
(こいつ。)
(バルガスと同じ匂いがする。)
ガルデは獣王国でも最強クラスだ。
そのガルデが押されていた。
少しずつ。
確実に。
グラヴ:「弱くなったな。」
ガルデ:「うるせぇ!!」
グラヴ:「鍛えてなかったのか。」
ガルデ:「黙れ!!」
今の戦いは。
兄妹喧嘩なんてものじゃない。
信念のぶつかり合いだった。
そして。
グラヴの視線がハヤトへ向く。
ぞくりとする。
獲物を見る目だった。
グラヴ:「勇者。」
ハヤト:「なんだ。」
グラヴ:「次はお前だ。」
笑う。
心底楽しそうに。
グラヴ:「三日後。」
グラヴ:「北の断崖へ来い。」
セレナの表情が変わる。
フローネも息を呑む。
だが。
グラヴは構わない。
グラヴ:「今度こそ。」
グラヴ:「本気で遊んでやる。」
そう言い残し。
四天王は雪嵐の中へ消えた。
◆◇◆
残された一同。
重苦しい沈黙。
誰も喋らない。
ただ一人。
ガルデだけが拳を握っていた。
ハヤトは空を見上げる。
三日後。
四天王。
獣王グラヴ。
そして。
おそらくは。
人生二度目の大敗北。
そんな予感がしていた。




