第25話 温泉と魔族と大騒動
北方駐屯地を出発して二日目。
勇者パーティは雪山の麓にある小さな温泉村へ到着していた。
ハヤト:「温泉だぁぁぁぁぁ!!」
ガルデ:「元気だな。」
ハヤト:「温泉だぞ!?」
ハヤト:「テンション上がるだろ!」
フローネ:「観光に来たのではありません。」
セレナ:「馬鹿ね。」
アスカ:「馬鹿ですね。」
ハヤト:「全否定!?」
◆◇◆
村は小さいながらも賑わっていた。
湯気が立ち上る街並み。
木造の旅館。
露店。
冷えた身体にはありがたい場所だった。
村長が出迎えてくれる。
村長:「勇者様一行ですね。」
ハヤト:「そうです!」
村長:「部屋も湯も好きに使ってください。」
ハヤト:「最高です!」
フローネが小さくため息を吐く。
旅館に入る。
荷物を置く。
そして。
ハヤトは窓の外を見ていた。
湯煙。
露天風呂。
温泉。
温泉。
温泉。
ハヤト:(温泉回だ。)
(これはもう温泉回だ。)
(異世界転生のお約束。)
(つまり。)
そこまで考えたところで。
アスカの拳が頭に落ちた。
ゴッ。
ハヤト:「痛ぁっ!?」
アスカ:「今ろくでもないことを考えました。」
ハヤト:「人権!」
◆◇◆
夕方。
男湯。
ハヤトとガルデが湯に浸かっていた。
ハヤト:「生き返る……。」
ガルデ:「だらしねぇな。」
ハヤト:「いいんだよ。」
ハヤト:「温泉はだらしなく入るもんだ。」
ガルデが豪快に笑う。
ガルデ:「違ぇねぇ!」
その時だった。
ハヤトの視線が壁の端に向く。
少し崩れている。
石が割れている。
その隙間から。
向こう側が見えそうだった。
ハヤト:「……。」
ガルデ:「ん?」
ハヤト:「いや。」
ガルデ:「何だ。」
ハヤト:「何でもない。」
ガルデ:「顔が何でもなくねぇ。」
数分後。
ハヤトは壁を見ていた。
じっと。
とてもじっと。
ハヤト:(いやいや。)
(駄目だろ。)
(でも気になる。)
(男とはそういう生き物だ。)
ガルデ:「行くなよ。」
ハヤト:「行かない。」
ガルデ:「絶対行くなよ。」
ハヤト:「行かない。」
ガルデ:「その顔は行く顔だ。」
そんなやり取りをしていると、
バキッ。
壁が崩れた。
ハヤト:「え。」
ガルデ:「あ。」
次の瞬間。
ハヤトの身体が滑った。
ハヤト:「うわぁぁぁぁぁ!?」
女湯。
フローネ。
セレナ。
アスカ。
三人が普通に入浴していた。
フローネ:「平和ですね。」
セレナ:「そうね。」
アスカ:「久しぶりです。」
その直後。
天井から何かが落ちてきた。
ハヤト:「うわぁぁぁぁぁ!!」
三人:「……。」
沈黙。
ハヤト:「待て!」
ハヤト:「これは事故だ!!」
フローネ:「問答無用です!」
セレナ:「死になさい!」
アスカ:「浄化しましょう。」
数分後。
旅館の廊下。
ハヤトは正座していた。
鼻から血を流している。
ガルデだけが笑っていた。
ガルデ:「ははははは!!」
ハヤト:「笑うなよ!」
ガルデ:「笑うしかねぇ!」
◆◇◆
夜。
全員が眠りについた頃。
村外れ。
雪の降る森。
そこに一人の影があった。
紫髪。
長い角。
妖艶な微笑み。
ヴェルミナだった。
ヴェルミナ:「相変わらずね。」
小さく笑う。
昼間の騒動も見ていたらしい。
だが。
その表情はすぐ消える。
視線の先。
雪原の奥。
巨大な黒い影が立っていた。
獣のような巨体。
竜のような角。
圧倒的な魔力。
四天王。
獣王グラヴ。
グラヴ:「勇者はここか。」
ヴェルミナ:「そうよ。」
グラヴ:「そうか。」
そして。
獣王は笑った。
それは。
猛獣が獲物を見つけた時の笑みだった。
グラヴ:「ようやく遊べる。」
◆◇◆
一方その頃。
旅館。
ハヤトは鼻に湿布を貼ったまま眠っていた。
もちろん。
自分たちのすぐ近くまで。
次の四天王が迫っていることなど。
知るはずもなかった。




