第9話 初めての敗北
聖都ルミナスを出発した翌日だった。
空気がおかしかった。
街道を行き交う人々の表情が暗い。
荷車を引く商人も。
旅人も。
誰もが落ち着かない様子だった。
ハヤト:「なんかあったのか?」
フローネ:「私も気になっていました。」
ちょうど通りかかった騎士に声をかける。
顔なじみらしい。
フローネ:「何かありましたか?」
騎士の表情が曇った。
騎士:「前線の砦が落ちた。」
フローネ:「何ですって?」
騎士:「四天王だ。」
騎士:「剣王バルガスが現れた。」
空気が凍った。
◆◇◆
その日の夕方。
四人は王国軍の前線基地へ辿り着いた。
しかし基地は悲惨だった。
負傷者だらけだった。
担架。
治療所。
破壊された武器。
戦場の匂いが残っている。
ハヤトも流石に笑えなかった。
ハヤト:「これ全部か……。」
アスカ:「ええ。」
セレナ:「やられたわね。」
一人の騎士団長が近づいてきた。
騎士団長:「聖女殿。」
騎士団長:「勇者殿。」
騎士団長:「来てくれたか。」
その顔には疲労が色濃く刻まれていた。
◆◇◆
作戦会議が始まった。
大きな地図。
砦の位置。
敵軍の進行経路。
だが問題は一つだった。
騎士団長:「バルガスだ。」
騎士団長:「あいつがいる限り防衛線は崩壊する。」
フローネ:「それほどですか。」
騎士団長:「化け物だ。」
戦場を知る人間ほど表情が暗い。
それだけで難敵なのが分かる。
ハヤトは腕を組んだ。
ハヤト:「倒せばいいんだろ?」
全員がこちらを見る。
ハヤト:「俺がやる。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「大丈夫だ。」
ハヤト:「ドラゴンも倒した。」
ハヤト:「四天王だろうが何だろうが。」
ハヤト:「やってやる。」
フローネは少し不安そうだった。
セレナも珍しく反論しない。
だがその目はどこか厳しい。
◆◇◆
翌朝。
戦場だった。
広い平原。
向かい合う王国軍と魔王軍。
緊張感が張り詰めている。
ハヤトは剣を握る。
隣にはフローネ。
後方にはセレナとアスカ。
そして。
敵軍の中央から一人の男が歩いてきた。
身長は二メートルを超える。
異様な威圧感。
巨大な黒剣。
鋭い眼光。
その男が現れた瞬間だけ周囲の空気が変わった。
フローネの表情が硬くなる。
セレナも息を飲む。
アスカですら黙った。
男が口を開く。
バルガス:「勇者か。」
低い声だった。
バルガス:「思ったより若いな。」
ハヤト:「お前が四天王か。」
バルガス:「そうだ。」
バルガス:「剣王バルガス。」
その名だけで周囲の兵士たちが震えた。
バルガスは剣を肩に担ぐ。
まるで散歩でもしているような気軽さだった。
バルガス:「来い。」
それだけだった。
宣言も。
威嚇もない。
ただ来いと言っただけ。
ハヤトは踏み込んだ。
一瞬だった。
最高速度。
全力。
今まで誰も反応できなかった速度だった。
ハヤト:(速い。)
(勝てる。)
(いける!)
剣を振り抜く。
直撃。
そう思った瞬間だった。
ガギィィン!!
衝撃。
何かに止められた。
ハヤトの剣は。
バルガスの剣に受け止められていた。
片手で。
ハヤト:「……え?」
初めてだった。
真正面から受け止められたのは。
バルガス:「軽い。」
ハヤト:「っ!!」
次の瞬間。
凄まじい衝撃。
ハヤトの身体が吹き飛んだ。
地面を転がる。
十メートル。
二十メートル。
ようやく止まる。
ハヤトは目を見開いた。
(なんだ今。)
(全然見えなかった。)
フローネが飛び出す。
フローネ:「勇者様!」
剣撃が閃く。
美しい連撃。
騎士団最強の技。
だが。
全部弾かれた。
バルガス:「遅い。」
ガン!!
フローネの身体が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
ハヤトの顔色が変わった。
ハヤト:「フローネ!」
セレナが魔法を放つ。
巨大な火柱。
風刃。
雷撃。
一斉攻撃。
戦場そのものを焼き尽くすほどの魔法だった。
だが。
バルガスは歩いていた。
炎の中を。
何事もないように。
セレナ:「嘘でしょう……?」
バルガス:「魔法か。」
バルガス:「つまらん。」
剣が振られる。
衝撃波。
セレナが吹き飛んだ。
結界が砕ける。
血が飛ぶ。
アスカが聖術を放つ。
光が降り注ぐ。
拘束術式。
浄化術式。
ありったけを叩き込む。
それでも。
止まらない。
バルガス:「面倒だな。」
一歩。
それだけでアスカの術式が崩壊した。
アスカ:「っ……!」
膝をつく。
絶望だった。
誰も届かない。
誰も止められない。
ハヤトは立ち上がる。
何度も。
何度も。
何度も。
それでも勝てない。
実力差がありすぎた。
バルガス:「終わりか。」
ハヤト:「……。」
バルガス:「期待外れだ。」
その言葉は。
想像以上に重かった。
やがて。
バルガスは剣を肩へ担いだ。
バルガス:「興が冷めた。」
バルガス:「今日は帰る。」
騎士団長が叫ぶ。
騎士団長:「待て!」
だが無意味だった。
魔王軍が撤退を始める。
勝ったから。
ただそれだけの理由だった。
◆◇◆
夜。
野営地。
治療を受けたフローネは眠っていた。
セレナも意識を失っている。
アスカは祈りを捧げている。
ハヤトだけが外に出ていた。
焚き火を見つめる。
誰もいない。
静かな夜だった。
ハヤト:(勝てると思った。)
拳を握る。
震えていた。
ハヤト:(勇者だから。)
ハヤト:(チートだから。)
ハヤト:(楽勝だと思ってた。)
握った拳から血が滲む。
ハヤト:(なのに。)
ハヤト:(俺は。)
ハヤト:(誰も守れなかった。)
人生で初めてだった。
心の底から負けを認めたのは。
焚き火の向こうで火が揺れる。
その赤い光を見つめながら。
勇者ハヤトは初めて自信を失うのだった。




