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結論から言おう。
俺は命を賭してまで、見知らぬネズミ獣人のために巨大狼と戦うつもりなんてこれっぽっちもない。
「断る! 絶対に断るぞ俺は! ネズミどもがどうなろうと知ったこっちゃねえ!」
そう言い放った結果、どうなったか。
俺はネズミ族の集落の端っこにある、粗末な木造の小屋に監禁された。
「おい! こっから出せ! 頼み事をする側の態度じゃねえだろこれ!!」
初日は叫び散らかしたが、頑丈な蔓の縄はビクともせず、ドアの向こうからは「猛者よ、首を縦に振るまでそこでお頭を冷やすがよい!」という髭ペイント族長の虚しい声が聞こえるだけだった。理不尽極まりない。お願いされる立場のはずの俺が、どうして監禁生活を余儀なくされているのか。世の中の不条理を噛み締めながら、俺は床に転がっていた。
だが人間、案外どんな環境にも順応できるものらしい。
「アーサー様、お食事を持ってきました……。あ、あの、お縄を解くのはお父様に止められていて……ごめんなさい」
「いいよいいよ、君は悪くないからね」
毎日、食事の配膳にやってくるのは族長の娘であるティナだった。
両手が自由にならない俺のために、彼女は申し訳なさそうに小さめの木スプーンで木の実のスープや柔らかい雑穀パンをすくい、
「あ、あーん……してください」
と、真っ赤になりながら手ずから俺の口へと運んでくれるのだ。
……あれ? もしかしてこれ、ちょっとした天国では?
城にいた頃だって、メイドに手づかみで飯を食わせてもらったことなんてない。
可憐な少女に「あーん」とされる感触と、健気に俺を気遣ってくれる態度に、俺のネズミ族に対する悪感情は数日で綺麗に消え去っていた。人間なんて現金な生き物である。
さらに言えば、監禁生活の醍醐味は夜にあった。
「アーサー様……起きていますか?」
深夜、見張りが寝静まった頃になると、ティナがこっそり小屋に忍び込んでくるのだ。まるで恋人たちの密会、あるいは不法侵入である。これには思わず俺もドキドキしちゃう。だって年頃の男の子だもん仕方ないよね。
心の中でとはいえ、だもんとか言ってて気分でちょっと気持ち悪く感じた。
「王都って、そんなに大きな街なんですか……?」
「おう、そりゃあすごいぞ。家が星の数ほど並んでて、夜でも魔法の灯りがついてて明るいんだ。よその国から眠らない都市、だなんて呼ばれ方もしてんだぜ?」
膝を抱えて床に座り、まるで人形劇を見る子供のように目をキラキラと輝かせるティナ。
好意を寄せてくれているとかそんなのではないことは明白なのだが、まるで自分を心から慕い、目を輝かせて教えを乞う可愛い女の子を前にして、気分が良くならない男など存在しない。俺はドヤ顔で、城での暮らし(王子だったことは伏せつつ)や王都の華やかな街並みについて朗々と語って聞かせた。
どうもティナは生まれてから一度も森と平原の境界を一歩たりとも外に出たことがないようだ。
俺が何か言うたびに、ティナは喜んで見せた。
「すごい……! アーサー様って、本当になんでも知っているんですね!」
「まあね。これでも色々と見てきたからさ」
ふふん、と鼻が高くなる。俺より博識で賢いエリナの前では絶対に味わえない尊敬のまなざし。男としての自尊心がグングン満たされていくのを感じていた。
……そんな奇妙で、どこか居心地のいい監禁生活が始まってから数日が過ぎた、ある夜のこと。
おかしい。
いくら待っても、ティナが来ない。
毎日欠かさず顔を見せていたのに。
「おかしいな……」
いつもなら月が天井の隙間から差し込む頃には忍び込んでくるはずなのだ。
話のネタが尽きて飽きられたのだろうか。いや、あの素直な子がそんなことをするとは思えない。
嫌な胸騒ぎがした。
解けそうにない頑丈な蔓縄の感触を確かめながら、俺はただじっと闇の中で待つことにした。
頭がガクンガクンリズムを刻み始め、そろそろ寝てしまおうと考えたその時だった。
遠くで、悲鳴と怒号が上がった。
びくりと体が跳ね上がった。
『襲撃だーッ!』
『逃げろ! 奴らが来たぞ!!』
ドタバタと騒がしい足音が集落全体に響き渡り、火の手が上がったのか、小屋の隙間から赤い光がチラチラと差し込み始める。
「……おいおい、冗談だろ?」
冷や汗が背中を伝う。
静かだったネズミ族の集落が、一瞬にして混沌の渦へと叩き落とされていた。
というかこのまま集落が燃えていけば、俺も燃え死ぬのでは?
「ぉおぉおおおい!!! だれか!!!! ここから!!! ここから出してくれ!!!!」
焼け死にたくない一心で、もう必死だった。
体をバタバタさせて、強引に逃げようとするも縄がどんどん締まっていってさっきより頑丈に縛られている気がする。
「だれかー……だれもいないのかー……」
騒ぎ続けても、外の騒動のほうがうるさくて誰にも聞こえていないようだった。
やっぱりここで死ぬらしい。
「アーサー様!」
「――ティナ!?」
救いの女神が現れた。
俺を救ってくれる女神はどうやら石像になっているボンキュッボンのナイスバディ美女ではなく、ロリっ子美少女だったようだ。
ティナはポケットから小さなナイフを取り出すと俺を縛り上げる縄に切り込みを入れていく。
ただ、縄のほうがかなり頑丈のようでなかなか切れない。
「もう少しですから……!」
一生懸命なティナに心を打たれる。
俺のことなんて放っておけば、ひとりでも逃げられただろうに。
この少女は俺のために動いてくれている。
「――切れました!」
スルスルスルっ、と俺をきつく縛り上げていたものがなくなり、体の自由が返ってきた。
ずっと縛られ続けていたせいか、立ち上がると体のあちこちが痛む。
「ありがとな」
妹の頭をなでてやるように、ティナの小さな頭に手を置いてポンポンしてやる。すると「はぅ……!」と、何やらこれにもならない悲鳴に近い叫びをあげていた。
勝手に親しくなったと思っていたけど、さすがに嫌そうな反応されると傷つくな……
「さあ。襲撃犯の顔を拝みにいきましょうか」
肩を回しながら、このイラつきをぶつけに小屋から飛び出した。




