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冒険者の依頼は早いもの順。
そんな常識を知らない俺は、朝食を食べた後に、のんきにも昼過ぎまで眠りこけてしまっていた。結局、俺が受けられた依頼は、町の外の森での薬草採取くらいだった。
森まで徒歩で行き、今回採取する薬草の特徴が記載された紙を手に、かれこれ森の中を二時間は歩き回っていたと思う。この森では、もこもこの毛皮を着たウサギのような魔物が生息しているようで、採取ついでにどうにか一目拝めないものかと頭を悩ませていた。こう見えて可愛いもの、小さくふわふわした動物が大好きなのだ。
とはいえ、忘れないうちに、優先的に薬草を採取しておかなければ。
「えっと……薬草ってこれか?」
森の奥。
地面に生い茂っている名も知らない葉っぱを手に取って、手元の紙と照らし合わせながらうんうん唸る。
薬草の情報によると、深い緑色、ギザギザの葉、短い茎、そして口に含むとほのかに苦味がある。と書かれている。しかしそれ以外にも【重要】と書かれているのだが、どうも依頼の薬草と似た葉っぱの毒草があり、それは、緑色、トゲトゲの葉、短い茎、苦味あり。と書かれていた。
あくまで参考程度にだが、どのくらいのサイズなのかも記載されているが――
「どう見ても大きいよなあ」
薬草も毒草もどちらも『短い茎はおおよそ十センチほど』と記載されているのだが、手元にある葉っぱはどちらもその倍はありそうな大きさをしている。自生している薬草は管理されたものとは違い、生えている場所が少し変わるだけで生育状態が大きく異なるようだ。
受ける依頼を失敗したかと若干の後悔が頭をよぎり、手に取った葉っぱをマジマジ確認する。
手で触った感触はギザギザなのかトゲトゲなのか判断が怪しい。
いきなり口に入れるのもどうかと思い、匂いを嗅ぐ。匂いは……まずい。土の匂いしかしない。
こんな調子だから、思い切って食べてみるか? なんて考えに至るのも仕方ないことだと思う。
そんなわけで初心者に違いがわかるわけがない。
「こんなの無理じゃん」
そう思うといきなりどうでもよくなり、手に持った葉っぱを投げ捨ててその場に座り込む。木の根がゴツゴツしていてお尻が痛い。
「毒か…………」
――毒?
毒か。
あれ、もしかしていけるんじゃないか?
何がいけるのかというと、これでも俺は元王族だ。常に毒殺の危険を視野に入れているので、有名な毒はたいてい摂取して体に耐性をつけてきた。
ただ、口に含むだけで死ぬ毒も存在する。
さすがに初心者向けの依頼で口に入れてはい死にましたなんて毒草を見分けろなんてこと、ないとは思う(ないと思いたい)が……
意を決してさっき放り捨てた葉っぱを口に含んでみることにした。
「ふふん、甘いな。元王族の毒耐性を舐めてもらっては困る」
俺は指先で小さくちぎった葉っぱを勢いよく口に放り込み、奥歯で一回、二回と力強く噛みしめた。
おっと苦いと言ってもカカオほどじゃないな――
次の瞬間。
ガクンッ、と世界が九十度傾いた。
(……あ、これ、だめなやつだ)
ダメだと思った瞬間に吐き出したが、耐性とか胃袋の強さとか、そういう次元の話ではなかった。
舌が痺れたと思った瞬間には全身の脈拍が跳ね上がり、視界が貧血になったときみたくチカチカする。
『苦味がある』なんて生ぬるい表現をした奴のツラを殴り倒したくなるほどの、強烈な激痛と痺れが全身を駆け巡り、俺の意識は一瞬で深い闇へとブラックアウトしたのだった――。
◇
「……う、あ……」
どのくらいの時間が経っただろうか。
じわじわと感覚が戻ってきた頭を振ると、ズキズキとした鈍痛が走る。
生きている。どうやら俺の胃袋は奇跡的に勝利を収めたらしい。
……が、全身の自由がまったく利かない。
「ん……? なんだこれ……」
目を開けると、俺の身体は太い蔓のような縄でぐるぐる巻きにされ、木の幹にガチガチに縛り付けられていた。
しかも、周りをぐるりと『大勢の子供たち』に囲まれている。
子供……?
見回してみると、どれも成人してなさそうな小柄なガキばかりだ。せいぜい十歳から十二歳ほどだ。
だが、みんな顔に泥や炭でまじないのようなペイントを施し、手には削った竹やりや石のついたナイフを握りしめている。
「……目を覚ましたぞ! 聖なる猛毒草を喰らっても死なぬ、異人の猛者だ……!」
中央に立ったガキが声を張り上げた。顔には立派な髭のペイントがされている。気絶してる間に、何やら怪しい儀式に巻き込まれてしまったのか? と不安になってくる。
「おいおいなんだこりゃ」
「我らは偉大なるネズミの一族である!」
「ネズミ……?」
言われてみれば、頭の上の髪の隙間から小さな丸い耳がひょっこり生えており、お尻からは細いしっぽが伸びている。
だが、獣人特有の野性味や立派な体躯は微塵もない。見た目はほぼ人間そのものだし、何より小柄で、見るからに弱そうだ。これならまだチビガキの妹姫のほうが強そうだ。
「我らは見ての通り、この森で最も弱く、群れねば生きていけぬ種族! だからこそ我らは決めたのだ! 倒れておった貴様を捕らえ、我らの『盾』となってもらうことをな!」
「いや捕まえ方とスカウトの仕方が物騒すぎるだろ! そもそも俺に決定権はねえのかよ!?」
「問答無用! 我らが暮らすこの森の最奥。凶悪な巨大狼が巣喰っておる! やつを倒さねば我ら一族に未来はない! 生きて帰りたくば貴様にはその狼を倒してもらおう!」
「いきなり無茶言いやがるぜこいつ」
髭ペイントの族長(ひとりだけ神官のような服を着ている)はフッと鼻で笑い、手をパンパンと二回叩いた。
「案ずるな異人よ。我が部族は『生き残るためなら命以外なんでも差し出す』のが鉄の掟! 当然、無報酬で戦わせはせん!」
ぞろぞろと人集りが割れ、奥から一人の少女が押し出されてきた。
小柄で、華奢な身体。ピンク色のショートヘアーにちょこんと丸いネズミ耳。
泥のペイントは塗られているものの、くりくりとした大きな瞳と整った鼻立ちをしており、幼い容姿ながらに思わず目が釘付けになるほどの美少女だった。
「紹介しよう! 我が部族一の美少女にして、族長であるこのワシの娘――ティナだ! 狼を倒し、我らを守って生き残れば、この娘を貴様の『嫁』として差し出そう!」
「……は?」
差し出された少女――ティナは、カーッと顔を真っ赤にしながらも、意を決したように俺の前に膝をつき、真っ直ぐ目を見つめて胸の前で手を握りしめた。
「む、無茶な頼みであることは承知しております……! ですが、どうか……どうか私たちをお守りください……! 守っていただけるなら、私は……あなたの妻として、何でもいたしますから……!」
健気だ。あまりにも健気すぎる。
こんな可憐な十才くらいの少女に「何でもいたします」なんて言われたら、世の男どもなら良心の呵責に駆られて何とかしようとすることだろう。
……だが、待て。
待ってほしい。
俺には心に決めたエリナという婚約者がいてだな……
脳裏に、あの絶対零度の冷たい瞳をした白銀の髪の婚約者様の顔がドーンと過った。
もしここで適当に嫁(特に幼女)なんて貰ったことがエリナにバレたら、今度こそ物理的に命がない気がする。たぶん公爵家の権力で国際指名手配なんてされたりするかもしれない。
「すまない。俺には婚約者が――」
「我らネズミの一族は一夫多妻! そんなこと誰も気にせんわ!!」
「俺が気にするわ!!」
縄で縛られたまま、俺は森の静寂を切り裂くような大声を響かせるのだった――。
いや、王族も一夫多妻制なんだけどね?




