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「おかえりなさい! 依頼達成ですね!」
冒険者ギルドに戻ると笑顔でお姉さんに出迎えてもらえた。
ここに戻ってくる帰り道はかなり足が楽だった。
むしろ体がマッサージを受けてぐっすり寝て起きたときくらい元気だ。
もしかしてあの果実水にとてつもない効果があったとか?
あり得ないとも言えないな。
「この依頼のおかげで街の把握が完璧だわ」
若干嫌味を込めて言うとお姉さんは笑顔を崩さずに拍手してくる。
「ここで落ちる人は冒険者に向いてないので! ご理解ください!」
くっ…………
お姉さんが可愛すぎてこれ以上文句を言えない。
それになぜだか周囲から「それ以上文句言おうもんなら殺す」とでも言いたげな視線で威圧されて仕方ない。
「それはそうと、これで報酬どれくらい?」
こんなに大変なんだから金貨十枚とか?
城では俺にかかる費用が一日で金貨五枚だったらしいから、少なくともそれくらいもらわないと割に合わない気がする。
「ではこちらが報酬の――」
お姉さんがスッとカウンターの上に硬貨を数枚置いた。
とうとう自力で得たお金が!
「…………なんだこれ?」
カウンターの上には見たことのない、くすんだ何かが置いてあった。
金貨や銀貨のようであって、明らかにまったく別の何かだった。
「大銅貨二枚です!」
「…………?」
「…………?」
「大銅貨……?」
大銅貨?
二枚?
大銅貨ってなんだ?
そんなお金があるのか?
俺が見たことのない硬貨に驚いているのを、どうやら少なすぎと勘違いしたのか、お姉さんが申し訳なさそうにほほ笑んだ。
「相場通りですよ」
どうやら俺が知らないだけでこれが相場通りの金額らしい。
大銅貨……大銅貨か。
俺は今まで金貨と大金貨、あとは大銀貨というものしか見たことがなかった。
金貨と大金貨があるんだから大銀貨に対して銀貨もあることは、実物を見たことがなくともなんとなーくだが理解していた。
ただ、どうやら俺が知らなかっただけで、それより下のお金があったらしい。
「そ、そうだよな。うん、知ってる。大銅貨ね。知ってる知ってる」
自分の無知に恥ずかしくなってお金を受け取るとそそくさと冒険者ギルドを飛び出す。
外は完全に陽が落ちて空は真っ暗になっていた。
ただ大通りということもあり、まだ店先に灯りが灯っているところも多くて明るい。
「…………とりあえず宿の確保だな」
恥ずかしさをかき消したい一心で別のことをひねり出した結果の一言だった。
♢
結論を言うと宿を確保するのにかなり手間取っていた。
街中を歩き回り、泊まるところがないと嘆いていたら、ちょうど宿屋を経営しているという女性に声をかけられた。
さすがの俺もこの優しそうな女性を疑いはしたくなかったが、人さらいの話を聞いた後だから警戒してしまう。
しかし道行く人たちがこの人に笑顔で話しかけているのを見て、悪い人じゃなさそうだったので案内されることにした。
どうやら野宿はしなくて済みそうだ。
道中で教えてもらったが、基本的には町に着いたらまず最初に宿を確保してから活動するらしい。
これも冒険者の常識らしい。
「ここがうちの宿【風車亭】だよ」
「ここが…………え、ここが?」
失礼だったかもしれないが、【風車亭】の外観に思わず絶句してしまった。
案内されて着いた宿は、オンボロというには優しく感じるくらいにボロい宿だった。
木造の二階建てで、壁に手を突いただけで突き破るんじゃないかとちょっとだけ不安だ。
しかし今はそんなことを言っている場合じゃないので、文句を言わずに宿泊することにした。
閑古鳥が鳴いている宿屋があって助かった、なんて案内されているときに思ってはいたが、さすがにこのボロさは予想外過ぎた。
誰も泊まっていないらしく、好きな部屋を使うように言われたので、表の通りが見える部屋を選んだ。
宿の窓辺に座って、人の往来をのんびり眺める。
これも冒険するようになったらやりたかったことのひとつだ。
ボロボロの宿屋でも、雨風しのげるだけでもありがたい。おまけに部屋に鍵はついているようで安心だ。まあ……蹴破られたらそれまでだが。
部屋に空っぽのカバンだけ置いて、一階の食堂へ降りる。
言わなくてもわかるだろうが、階段も上がるときも下りるときも、終始ギシギシ鳴っていて今にも壊れそうで不安だった。これには慎重にならざるを得ない。
のっしのっしと一階に下りると、ドッシリとイスに腰を落ち着ける。
今日は朝からずっと歩きっぱなしで座ったのは久々――いや、そういえば広場で寝転んでたわ。
俺が席につくのと同時くらいに、厨房からフライパンとオタマがぶつかるカランカランという耳心地のいい音が聞こえてきた。
そういえば料理はおまかせのみだったか。
料金は、宿代は宿泊のみで銅貨五十枚。
食事込みで銅貨百五十枚。
今回は宿泊と食事なので、大銅貨一枚と銅貨が五十枚とのことらしい。
相場がどのくらいなのか知らないが、多めに取られていたりするのだろうか?
多めに取られていたとしてもこれは勉強代だとして諦めるしかない。
しかし一晩で稼ぎのほとんどが消えたってわけだ。
「あいよ。うち自慢のエールだよ」
俺のテーブルにドカンっと雑に木製のジョッキが置かれる。
初めての毒見もされていない食事だ。
しかも自分が稼いだ金で飲む。
興奮しすぎて手がプルプル震えてしまう。
「飲むぞ……飲むぞ……!」
恐る恐るジョッキに口をつけて、少しずつ傾けていく。
口に含んだ瞬間今までに飲んだことのない味に戸惑ったものの、すぐ口の中をエールでいっぱいにした。
まったく美味くない。
苦くて飲めたもんじゃない。
でも味以上に俺は充実していた。
「くぅ~…………いいねえ!」
不味くても、無理矢理声に出して、気取ってみた。
これのために働いている人もいるというもんだから驚きだ。
けど、悪い気はしない。
「いい飲みっぷりだね。つまみもどうだい」
テーブルの上を滑らすように皿が置かれた。
上には対抗心が湧くほどに太いソーセージが二本あり、その上に溶かしたチーズがかかっていた。
パンに挟んで食べるとおいしそうだ。
「パンは別料金、銅貨二十枚。ソーセージのおかわりは銅貨六十枚だよ」
俺の心を読んだかのようなタイミングで宿屋の女将さんが厨房から俺に言ってきた。
「じゃあパンだけもらうよ」
「あいよ」
パンが届くまでの間に、ソーセージを食べてみることにした。
恐る恐る齧りつくと、
――パキッ!
小気味よい歯ごたえとともに、中から溢れた肉汁が口の中に広がり、濃厚な肉の旨味をこれでもかというほどにぶつけてくる。ひと噛みひと噛みするたびに、俺は冒険者なんだと自尊心を高めてくれるような味わいだった。
それに、塩を強く振っているからだろうか。
飲み込んでも口の中が味で満たされたままだ。
飲み物が欲しくなる。
気づけば無意識のうちに口にエールを運んでいた。
そして一気に流し込む。
食べる。飲む。食べる。飲む。これを繰り返す。
すると、塩辛さをエールが洗い流してくれる。
ほのかに口に残る後味が、次の一口を急かしてくるのだ。
不思議な感覚だ。
エール単体だとまったくと言っていいほどにおいしく感じなかったが、このソーセージと合わさることでおいしさを引き立たせあっている。
美味すぎる。
城で食べる料理より大味で粗雑なのに、どうしてこうも美味く感じるんだ。
大事に大事にちびちび食べているつもりだったが、あっと言う間に一本食べ終わってしまった。
「気に入ったようでよかったよ。ほら、パンお待ちどう。少しだけ炙って温めてあるから乗せるだけでチーズも溶けるさね」
「ありがたい」
確かに受け取ったパンは温かかった。
そこに残っているソーセージと冷めて固まってしまったチーズをのせる。
パンの熱でチーズが再び溶け出してがっちりソーセージをコーティングする。
見た目と香りだけでよだれが垂れてきてしまう。
我慢できずに大きく口を開けて勢いよくかぶりつく。
「うまい!!」
塩気の少ないパンだったからか、味が濃くなり過ぎずに程よい塩気を感じさせる。
チーズもコクがあっていい。
こうなるともっとエールが欲しくなる。
ただ……費用を稼ぎの中で飲み抑えるのであれば、今は多少なりとも我慢する必要がある。
稼ぎの大銅貨二枚も、宿代と食事代で残り銅貨三十枚しかないのだから。
持っている大銀貨に手をつけたってかまわないが、それだとこの幸福感が薄れる気がしてなんとなく嫌だった。
なんて考えていると食べ終わってしまった。
物足りなさも感じるが、この物足りなさもまた冒険のひとつとしてとらえよう。
満たされるだけが人生じゃない。
「ごっそさん。おいしかったよ」
「あいよ! 皿は置いといておくれ」
満足して食堂を後にする。
期待はそれほどだったが、ハードルが低かった分、期待の遥か上空を飛んでいた。
明日の朝も期待できると思うとうれしくなった。
よし、今日のことを手紙に書こう。
エリナに、近況報告を兼ねて、今度こそ手紙を送ろう。
今日という日は、歩き疲れているはずなのに、初めてばかりの出来事に、興奮でなかなか眠りにつけなかった。




