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「ぜえ…………ぜえ…………」
頬に伝わる石がほんのり冷たくて心地いい。
もしかしたら今、体全体から煙が出ているかもしれない。
俺は今現在、配達そっちのけで中央広場の噴水のすぐ傍で寝そべっているのだ。
周囲から変なものでも見たような目を向けられているが、そんなことでこのとんでもなく涼しいポジションを離すわけにはいかない。
それさえ気にならないほどの快感を味わっている最中だ。
「暑すぎるだろー……」
郵便配達を甘く見ていた。
最初は駆け出しご用達だしこんなの余裕だろと高を括っていた。
配り始めてみて、余裕じゃんと思う程度には順調に手紙を消化していっていた。
そのはずだった。
余裕をなくしたのは半分を配り終えたあたりからだった。
俺はこの町について詳しくない。
家の並びや町の通路。
どの通路をとってどこに行けばどこに出るのか。
だから毎回中央広場に戻ってきて、北へ行っては戻り、東へ行っては戻り、西へ東へ…………
無謀にもひたすら繰り返し続け、終わりが見えたころにはすでに体力むなしく力尽きていた。
それに何より問題があった。
ぐぅ~。
「ちくしょう」
ぐぅ~。
ぐぅぐぅ別にイビキが聞こえてるわけじゃあない。
ぐぅー!
「ぐーぐーぐーぐーうるせえ!」
さっきから俺の腹の虫が鳴り続けて思わず自分に対して、寝そべったまま声を荒げてキレてしまった。
何をしているんだろうか俺は。
現在の時刻はだいたいオヤツ時を過ぎたくらい。
昼飯を食べていない俺の腹は、なんでもいいから食いもんを寄越せと泣き喚いている。
それもそのはずだ。
本来の予定では、冒険者ギルドでパパっと依頼受けてパパっと小銭稼いで酒屋で腹いっぱいの酒と飯にありつく予定だった。
せっかく城の外にいるんだから自分で稼いだ金で悪酒に酔う、ということをしてみたかったのだ。
そんな無謀ともいえる予定を企てていたこともあって、俺はまだこの町に来てから何も食べられていない。
手持ちには大銀貨が一枚しかない。
金貨が手元にないのはかなり心細い。
これからどれだけ稼げるかもわからないし、硬貨一枚でも多く夕飯に回したかったからな……
ただあまりにも空腹すぎて、今なら空腹を言い訳に噴水の水を飲み干せるかもしれない。
まあ腹を壊すのが目に見えているからそんなことしないが……
「よいしょっと」
しばらく放心状態で休憩してから、気合を入れて体を起き上がらせる。
残りの手紙をあと二通で終わりだ。
我ながらここまでよくがんばったとほめてやりたいね。
「よし……サクッと配って、今度こそメシにありついてやる……!」
膝をプルプルと震わせながら立ち上がり、残りの手紙の住所を確認する。
一通は、ここから目と鼻の先にある果物屋。
そしてもう一通は、街の東側、少し街から外れたところの小高い丘の上に建つ立派なお屋敷宛てだ。
果物屋へは這うような足取りでなんとか手紙を届け、最後の難関である坂道へと挑む。
「誰だよこんな高い場所に家建てた奴……風の精霊様よ~、ちょっとくらい俺の背中押してくれても罰当たらねえだろ……」
なんて愚痴をこぼしながら、一歩一歩、立派に石で舗装された階段を登る。
途中までは恨みつらみを文句垂れながら登っていたが、途中から心を無にして登っていた。
あれはいつだっただろうか。
昔に姉――第一王女の愛読書の中身をこっそりエロ本に差し替えて、罰として称して城の見張り塔の階段をひたすら往復させられたときを思い出す。
あのときほどツラいと思ったときはない。
そして最後の一段を登るとその場に転びそうになる。
膝が笑ってら。
ガクガクの膝でもうひと踏ん張りしてどうにか丘の上の屋敷の前までたどり着く。
「郵便っす」
立派な門構えのお屋敷の前に立つ人に声をかけて手紙を持ってきたのだと伝える。
少しだけ怪しげに俺を下から上へと吟味するように見てから、ようやく手紙を受け取った。
対抗するように俺も全身くまなく見てやった。
屋敷の警備をしている人にしてはかなり軽装だ。
ひげをたくわえ、まるで傭兵みたいな風貌をしている。
何はともあれ、手紙を渡してこれで終わり。
と思ったら「ちょっと待ってな」と言われて待つことになった。
なんだ? と思ってしばらく待っていると、コップに並々と果実水を注いで持ってきてくれた。
「ここまで大変だっただろう。飲め」
差し出されたコップに勢いがついていたせいで今にも果実水がこぼれそうだ。
どこか無骨さを感じる。
しかし疲労もかなり蓄積していたのでありがたい。
「ありがとうございます!」
深々と感謝して、受け取った果実水を一息で頭から浴びるように飲み干す。
口に含むと一気にレモンの酸っぱさと砂糖の甘さが俺の全身を癒してくれる。
それでいてどこかミントのような爽やかさが鼻を駆け抜けた。
甘いのにすっきりしていて飲みやすい。
「ぷはー! うめえ!」
マジで生き返った。
ここの階段、城の階段とかと違って勾配に沿って作ってるせいで見た目以上にしんどかった。
しんどすぎて人死にが出てもおかしくない。
なんてそんなことあるわけないが文句もほどほどに、警備の人――いや、親しみ込めておっちゃんと呼ぼう――おっちゃんにコップを返す。
「坊主! 美味いか!」
「こんなにうまい果実水を飲んだの初めてかもしんねえ!」
俺が言うと嬉しそうにカッカッカッと笑うおっちゃん。
「おうおう! また手紙を持ってくることがあれば飲ませてやるよ」
「いやあ……もうここに持ってくるのはこりごりというかなんというか……」
俺が言いよどむとまたカッカッカッと笑うおっちゃん。
何がそんなに愉快なんだか。
「そう言わずにまた来てくれや」
「ははは……」
おっといけない。
乾いた笑いが漏れてしまった。
「それはそうと」
おっちゃんが続けた。
「この手紙持ってきたってことは坊主、ルーキーなんだろ?」
「……やっぱりわかる?」
もしかしたら手紙を持ってくる人はみんな駆け出しだけなのか?
さすがに郵便の人いるだろ。
「そりゃあね。本職はもっと立派な制服着てるしな」
あ~。
なるほどね。
「ルーキーの坊主が美味そうに飲んでくれたから、お礼にひとつありがたい忠告だ」
「忠告?」
「ああ。最近夜に人さらいが出るらしいから、飲むなら宿の飯屋で飲みな。ここ数か月でよそからきたルーキーが何人もいかれてるって話だ」
「へえ、ルーキーがねえ」
整備された都市でもそんなことあるんだな。
王都は貴族が多い分、過剰なほど兵士が巡回してるからそういった事件は聞いたことなかったな。
「まあ教えてくれてありがと! 気を付けるよ」
お礼を言い屋敷に背を向けて歩き出した。
夕飯何食うかな。
塩焼の肉の屋台もすげえいい匂いしてたし買い食いするのもありだな。
それにしても宿の飯か。
城の朝飯っていうと朝から重たいのなんのって、いつも蒸し焼きにした肉とフルーツにしてもらってたんだよなあ。
何が食えるのか楽しみ過ぎる。
飯のことで頭いっぱいにしたそのときだった。
――ぶわっ!
横からなぎ倒すように突風が吹いた。
「っぶねえ。飛ばされるかと思ったぜ」
「はっはっはっ! ラッキーだな坊主。ほら、見てみな」
バカデカい声で豪快に笑うおっちゃんのほうを振り返ると、何やら手でジェスチャーしていた。
言われたほうを見てみる。
方角は町のほうだ。
何があるって言うんだ?
「……おぉ」
沈んでいく夕陽がランヴィル全体を茜色に染めている。
その遠くに、風に吹かれた森が、まるで焚火が風に煽られて燃えるように揺れ動いていた。
ところどころキラキラ輝いて見える。
「キレイだ……」
思わず、声が出ていた。
こういった景色を見たいがために冒険している人もいるらしい。
たしかに、これは手元に置いておけない宝だな。
俺もいつか俺だけの冒険をして、俺だけの景色を見つけたい。
そう思えた。
すると再びおっちゃんが愉快そうに笑った。
「たいていのルーキーはこれを見ずに帰るんだが、坊主は精霊様に歓迎されてるみてえだな」
「歓迎、ねえ」
よくわからないが邪険にされるよかマシか。
「また来な。次は手紙なしでいいぜ」
「気が向いたら。また来るわ」
俺はそう言うと、今度こそ帰路につく。
良い景色を見たおかげか、階段を登っているときより気持ちが軽い気がした。




