漫研部部長、真壁悠斗①
アルカディアから帰ってきて、三日。
橘美羽は、机の前で腕を組んでいた。
目の前にあるのは、一冊のノート。
白紙だったページは、今ではそれなりに埋まっている。
手書きだったにもかかわらず疲れている様子はなかった。
ただ、難しい顔のままノートを睨んでいた。
「……」
美羽は一旦、ペンを置いた。
「いや、いや」
もう一度読みかえす。
主人公の名前。
年齢。
性格。
好きなもの。
嫌いなもの。
家族構成。
趣味。
全部、書かれてある。
でも、
「何してんの、この子?」
美羽は、思わず口に出す。
主人公のプロフィールは完璧。
なのに、その後の物語が始まらない。
「いや、待って」
美羽はノートを持ち上げる。
「キャラはいるじゃん?」
「かわいい設定じゃん?」
もちろん返事はない。
「なのに、なんで動かないの?」
数秒後、自分でツッコむ。
「知らんがな」
部屋に声が虚しく響いた。
読むことならできる。
面白い作品なら分かる。
好きなキャラクターもいる。
でも、いざ自分で作るとなると全く別物。
「……むず」
創作作業は想像以上だった。
翌日の放課後……
美羽は部室棟へ向かっていた。
目的地は、漫研兼文芸部部室。
「こういう時は……」
扉の前で拳を握りしめる。
「オタクの先輩に聞くしかない!」
言い方は少し失礼だった。
でも、間違ってはいないよな?
美羽は、勢いよく扉を開けた。
「っつーことで、せんぱーい!」
「うわっ!?」
「な、なんだ?」
机に向かっていた男子生徒たちが、椅子ごと少し後ろに下がった。
「えっと、橘さん?」
その中の一人の男子。
黒眼鏡に、少し長めの黒髪。
制服の袖から見える細い腕。
いかにも文化部という雰囲気。
彼の名前は、真壁悠斗、漫研部長。
「入ってくる時の音じゃないよ、それ」
「え、普通じゃない?」
「普通は扉を開ける前に心の準備をして、そっと開ける」
「あのさ、先輩って部室入るだけで心の準備いるタイプ?」
「もちろん」
「なんか、人生大変そう」
悠斗はため息をつきながら、質問する。
「それで? なんか用?」
「そうそう、部長に相談あるんす!」
「え、ぼくに? 意外な展開だけど……」
「何その反応」
「いや、きみみたいなタイプって誰かに相談するイメージないから」
「それって、ギャルに失礼じゃない?」
「あーっと、言いすぎた。ごめんなさいっ」
悠斗は、即謝った。
その素直さに、美羽も少し笑いながら、
「でさー」
美羽はバッグからノートを取り出す。
「これなんだけど…」
「えと、なに?」
「小説」
「……え」
悠斗は、取り出されたノートを見つめたまま即固まった。




