隠しごとは、書く仕事③
しおりは大きく頷いた後で、
「最初から上手な文章を書く必要はありません。大事なのは何だと思います?」
美羽に問いかけた。
「やっぱり、登場人物とか、設定とかストーリーとか……本の中身は大事かな」
「ええ、ご最もです。それは読む側からの意見ですかね?」
「だって、わたしは読み手だし」
「あのさ、しおりちゃん、そんな言い方じゃ伝わらないよ」
「わかりました。では、マスター、あれを……」
しおりに言われて、圭は店の奥に姿を消した。
「ねぇ、あれって何のこと?」
「少しお待ちください」
しばらくして、圭は一冊のノートを手元に戻ってきた。
「じゃ、まずは軽くここに試してみよっか?」
「え?」
「書く側ってやつをさ」
美羽はノートを見つめながら、
「いやいやいやっ」
何度も右手を振りまわした。
「だってさ……あたしだよ?」
「うん、そーだね」
「ギャルだよ?」
「それは、もう知ってるな」
「文章を書くとか苦手だよ?」
「苦手と嫌いは違うと思うんだけど。それにさ、最初から作家になる必要はないんだし」
そこに、しおりの最後の一押しが加わった。
「先ほど話してた、文章を書くのに大事なことは実際に書いてみる、ただそれだけです。美羽さんは読み手としてすでにたくさんの文章をインプットできてます。あとは、アウトプットする。まずは、一行書いてみればいいんです」
美羽にとって内容自体は、さほど響くものでなかった。
インプットするだけじゃダメ、アウトプットすることで身につくものがこの世には溢れてる。
数学や英語、他の勉強もほとんどそうだし、スポーツにしてもどちらかだけでは不完全。
むしろ、世の中のほとんどは、インプットとアウトプットで成立している。
だから、しおりはごく当たり前なことを述べただけ。
ただ……
決して声のトーンは変わってない、むしろ淡々と話している、それなのに心に響いてくる、しおりの言葉に美羽は打ち負かされた。
美羽は手渡された、ノートを開いた。
真っ白なページ。
「……」
何も書かれてない空白が怖そうに見えた。
同時に、その空白に何かを埋めたいとも思った。
だから……
「じゃあ、一行だけ」
そして、最初の文字を書いた。
『私は、そのとき普通のギャルだった。』
「……」
美羽は自分の書いた一文をまじまじと見た。
「なんかさぁ」
「はい」
「変な感じするね」
「それは、悪い意味ですか?」
「……ううん、違う」
美羽が否定した瞬間、圭としおりはお互いにアイコンタクトを送った。
しおりと圭は、筋書き通りの結末にたどり着けたらしく、
「俺は、その続きを知りたいけどなぁ」
「はい、わたしも気になりますね」
「いやいや、マジそれないっしょー?」
即座に否定した美羽だったが、これはもちろん照れ隠し、
この日、普通のギャル、橘美羽は知ってしまった。
本を読む楽しさとは別の、もう一つ、書く楽しさってやつを……
そして、それはすぐに美羽にとって苦しみに変わってしまった。




