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66:まつりのあと


 空が青すぎていっそこわい。

 晴れに晴れ渡り、暖かいというより暑さが勝った、夏と見紛う五月の下旬。

 少し早めの風鈴を軒へ吊るし、うちわ片手に駄菓子屋の店番をしていたら【英雄】が来た。


「こちら、お会計をお願いします。交通系電子マネー、使えますか?」

「——使えます」


 スマホでタッチ、パッと決済。素晴らしきかな、大黒天さま制作のキャッシュレスアプリ。

 ちょうど三百円分の駄菓子を購入した彼女は、そのまま店内のイートインスペースであるベンチに座り、もぐもぐと食べはじめた。その様は、夢中なようにも、逃避のようにも見えた。


「——あのさ、」

「私。おかしくなったみたいです」


 後の先を取る発言。

 こちらは思わず、


「……え?」


 彼女はこれまで――正しいことを、考えるまでもなく確信的に選び取っている、という性質……【勇者体質】とでも呼べる感覚を持っていた、のだけど。

 この間、例の奉納試合で負けた時から……それがさっぱり消え失せてしまったのだという。


「朝起きて、驚きました。すぐにスサノオ神に連絡を取りました。どうやら私に、迷う、という心が芽生えたようです、と」

「……えっと。それって、もしかして」

「はい。まだ正式なところはわかっていませんが、この変化は【在るべき均衡】を狂わせる、【魔王】の力の影響の可能性があるらしく」


 ——ミナが【魔王】を乗せて放った[輝きは星を撃つ]。

 その影響が……分霊を超えて、本体にまで及んだ……?


「そ……それは、それは、なんというか……」

「まあ別に問題ないのですが」

「ないの!?」

「はい。改めて予言していただいたところ、『めちゃ平気。ことちゃん勇者はノーチェンジ。ちょい過程は変わるかもだけど、むしろ前よりよくなったまであんよ』とのことでした」


 ほっと胸を撫で下ろす。よかった、もしそんなことがあれば、俺がやっちゃえと焚き付けてしまっていたミナにも、彼女にも……【勇者】に救われるはずだった世界にも、申し訳が立たないところだった。


「私の使命は、揺らがない。それはよかった。……でも」

「……でも?」

「この気持ちを、どうすればよいのか。それが、どうしても、わからなくて、落ち着かなくて……気がついたら、ここへ来ていました」


 ——ああ。そうか、なるほどね。

 それで、俺か。

 それなら、うん。多少、お役に立てることがある。


「大丈夫だよ、一ノ瀬」


 自分が軸にしていたものが、ある日突然、使い物にならなくなった混乱には。

 新城千尋も、泣かされた経験があるからね。


「こういう時、君には、頼りになる仲間がいるでしょ。早いとこそっちに甘えに行きな。一休みしたくなった勇者はさ、王様のところに行くのがお決まりなんだから」


 迷いも、悩みも、独りで抱えこまなくていい。

 出逢い、繋がり、結ばれた関係が、独りでは見えなかったものを見せてくれる。気づかせてくれる。行きたいほうに、導いてくれる。

 そういうものが、神と人が一緒に作った交流の時代……世歴なのだから。


「それでも、どうしてもちょっと弱気になって、味方が欲しいと思ったら。またこの店に来たらいい。相談でも何でも乗るよ。——今回、君が助けを求めてきてくれて、俺、まんざらでもなかったしね」

「……は?」

「……ん?」


 あれ?

 一応、決め台詞的に言ったつもり、なん、だけども。

 一ノ瀬、怪訝な顔で首を傾げたね?


「勘違いをしていますね、新城さん」

「……勘違い?」

「私。別に、弱ってなどおりませんし。ここへ来たのは、慰めや励まし、助言を頂くためでなくて……絶対ブッ倒したい相手を拝んで、闘志を燃やすためだったのですけれど」


 暫し無言の間があった。

 店の前を自転車が通った。

 俺は顔を覆って屈み込んだ。


「『どうしてもちょっと弱気になって、味方が欲しいと思ったら。またこの店に来たらいい。相談でも何でも乗るよ』」

「そういうのやめよ? 死体蹴りする[勇者]、ちびっ子が見たらどう思うでしょうか?」

「【魔王】が言う台詞ですかね、それ。……ふふ。やっぱり、あなたと私は、こういう関係がいいです。味方じゃなくて、敵のほうが」


 羞恥に震える俺を肴に駄菓子を食べ終えた一ノ瀬は、「ごちそうさまでした。ふたつの意味で」とくずかごにごみを捨てる。


「今回はしてやられましたが、確と覚えました。もう初見のわからん殺しも通用しません。秋の大祭ではどうぞ、引き立て役の覚悟をしておいてくださいね。型破りの常識超え、バーストレンジの銃剣士、新城千尋さん」


「——そうだね。今回の勝ちは、初見を押しつけたこっちの、一方的な優位だった。次こそは……そういう理屈が出ないような勝ちかたをさせてもらうとするよ。四人で織りなす英雄譚、壱個の勇者、一ノ瀬古都子さん」

 

 彼女はつかつかこちらに歩いてくると……レジ横の賽銭箱に五百円を投入し、店を出ようとしたので、ふと、尋ねる。


「会ってく? いま、奥にいるよ。彼女。雪辱なら、あっちにも予告しとかない?」

「いえ、結構です」

「ん? どうして。あ、もしかして、気まずいとか? 大丈夫だよ、ミナはそんなこと気にしないから」

「ではなく。顔を直接合わせたら、まともに話せる気がしないので。……あの時。本気でファンフェス楽しんで、全力で勝ちたいって気持ちをぶっ放した彼女に、ハートも撃ち抜かれちゃいましたから」


 そうして、一ノ瀬は去っていった。今度はまあ、引き止められない。


「……そっか。そりゃあ、仕方ない」


 無理強いとかはできないね。

 勇者が魔王に挑むのは、経験値をためて、準備が整ってから、が相場なので。



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