63:ストレンジ・ライン/オーバー・ザ・スター
〈視点/瓦礫の舞台/星撃の【魔王】〉
「〔力在れ。此処に在れ。この先に在れ。果てに在れ。至れ、至れ、未だ至らぬ地に至れ〕」
構えるは俯角。
踏みしめるは瓦礫。
一度除き、積み直した上に彼女は立っている。
口ずさみし呪文。
発動のため準備。
呟きながら、じりじりと回る。射線を示す、高層ビルの床を構わず、遠い距離を構わず、どこまでも延びていく魔法陣ごと。
[輝きは世界を穿つ]は、照射しながら動くことはできない。
しかし、発射の直前までは方向を修正できる。そのための手段は既に、ずっと前から発動している。
[弾着観測/魔力]。自身の魔力の波を受けた相手の位置を知るもの。
一ノ瀬は、レネレーゼが身を賭して中継を務めたあの爆撃の時、水の結界に浸透した魔力でマーキングされていた。
——ラグラグラミナ・ネリズエンは、熟練の観客で、素人のプレイヤーである。
必要な技術と課題の中で、今回の試合までに、まともに突き詰められたのはこれだけ。
とにかく諦めずに食らいつくこと、ただそれだけ。
「〔届け、届け、未だ届かぬ地に届け。閉塞を越え。障壁を越え。限界を越え。定め越え〕」
視界に透過して見える相手の姿に合わせ、左手に持つそれの向く先を、繊細に修正する。
その先端は、丸みを帯びず、鋭く尖っている。植物ではなく、金属で構成されている。
——戦士スキル、[その遺志はきっと]。
通常、脱落と同時に消え去ってしまうプレイヤーの武器がフィールド上に残り、他の味方プレイヤーに使用可能となるもの。
彼が残した銃剣は、戦士の武器。されど今、魔道士の杖として機能する。
何故か。
それは、銃剣の刀身が魔力を操る媒介であり、更にはその中に、込められているからだ。
あの時、二丁の刀身で受けながら、片方だけしか使われなかった、迸る魔力の煌めきが。
種火を以て着火する。スキルの根幹たる武器を失い、一から唱えることはできずとも、術式を再燃させることは叶う。
戦士と魔道士、銃剣と星撃——これこそは、本来交わらぬ境界を超えた者同士の連携だった。
「〔遠かりし近きもの、其は絶望。我が意、我が光、撃ち果たすもの〕」
重ねられる詠唱に、刃が唸る。注がれる魔力が増幅し、フロアの大気が逆巻く。
連なった魔法陣が、回り出す。最大の威力を開放する、最奥の順路を形成する。
「〔近かりし遠きもの、其は希望。我が灯、我が碇、辿り着くところ〕」
もう出し惜しむことはない。胃の腑の底の底までを空にする、全ての魔力が注ぎ込まれる。
視界が明滅する。全身が虚脱しかける。それを堪えるために、彼女は右手の指先を噛んだ。そこに嵌る指輪を、一度、横目に見て、笑った。
成功率は一割未満。
されど、やらぬはない。
ここでやったら、盛り上がる。
「さあ、やるよ。やろうか、みんな——勝とうね、みんな」
力ある言葉を呪文と呼ぶのなら、それこそ正に。
己を鼓舞し、最後の背を押す魔法の呟き。
「ボクが好きなミナも、ボクが嫌いな【魔王】も、分けたりできない同じボクなら。その全部を使って、壱人で無敵の【英雄】に勝つ。ラグラグラミナ・ネリズエンが、いちばん尊敬して、いちばん大好きな友達が——どっちの自分からも、逃げなかったみたいに」
指輪を噛み外し、右手の中へと握り込み、胸へ当てる。
瞬間、変化は如実に現れる。手に、首に、顔に、装備で覆われぬ肌に、発光する紋様が、胸を起点に広がり走って露わになる。角が、脈を打ち、無数の枝が伸び始める。
これなるは、忌まわしき【魔王】の証。知られれば、恐怖と混乱生む印。
この様子は今、大勢に、世界に、中継されていると知りながら、彼女は恐れなかった。ラグラグラミナ・ネリズエンは、わずかの躊躇もしなかった。
全身に力みなく。——己の全部が従っている。
精神は平静にて。——心に余分なものがない。
しかと見やる。夜の黒、草原の翠、朝焼けの金が混じった瞳で、自分がこれから進む先を。自分が今から越えるものを。
「行かせてもらうね。ボクらのお祭り、これからもっと、楽しくなるから」
そうして彼女は、ただ、限りなき未来を望んで。
この瞬間のために繋がれた、仲間たちに導かれた、ツギハギでチグハグの現在を携えて。
未知の一線を、超えてゆく。
「〔万事万物、遍く眼、照覧せよ! 輝きは星を撃つ〕!」




