62:かつて、託せなかったものから
知ってるよ、と新城は嫌そうに言う。
その言葉は事実だ。何しろ彼女は絶対王者でストック持ちで……最後は勝つにせよ、ちょっとくらいは押された感じの、双方健闘善戦ムードになるほうが、観客が盛り上がる。
観客のためのほどよいスリルの提供もまた、【英雄】の務めなのだ。
「私が戦いたかったのは、貴方じゃない。勝つより大切なことがあるなんて好き放題に言う、勝つことを諦めて、私とは本当に勝負してくれてないような相手じゃない」
一ノ瀬が、大金鎚を構えて距離を詰める。
新城は反対に、じり、と後ずさる。
「あの日、私を殺してくれた、孤高で無頼の遊撃兵——サウザンドキルともう一度、最後に二人だけで戦えると、そう思っていたのに」
彼女は、不機嫌だった。
ありありと、【英雄】ではない年齢通りの少女の感情、対戦相手への失望が浮かんでいた。
「ええ。やりたいことを貫いて負けるなら、それもいいんじゃないでしょうか。ただ、こんな程度の……誰を犠牲にしてでも勝ちにこだわっていたプレイヤーが、勝つために仲間を斬り捨てなかった、なんてお涙頂戴にスサノオ様がほだされて、奉納試合の結果を曲げることはない、と言っておきます。それくらいの権限はあるでしょうが——勝負にはシビアな方なので」
距離を開けるそぶりを見せた新城を、一ノ瀬は……いや、王様が見逃さなかった。
「ぐっ!?」
三人目、最後の領土効果。
周囲に突如生成された無数の樹——[生育の森林]。身を隠す木陰、周囲を見る高所、攻撃を遮る攪乱の壁と様々な汎用性を持つ領土が、今は敵の動きの阻害として、飛び退いた新城の背中を打つ。
そして——激突で態勢を崩した新城が、見えない手に掴まれたように引き寄せられていく。
その感覚には、他でもない、彼のほうこそ覚えがある。
手の感覚を延長し、彼方の物を掴み、飛ばすも寄せるも可能とする戦士スキル[星握り]。
一ノ瀬が左腕を真っ直ぐに伸ばした、その姿勢に意図を感じた王様が、阿吽の呼吸で付与させたのだ。
「さよなら、【魔王】。貴方とはもう、二度と戦うこともありません」
左手で引き寄せ、右腕が振り抜かれた。
大金槌は新城の胴を消し飛ばし、その首がころり、落ちる。
「そして、【魔王】はもう一人。勝ちに行きましょう、いつも通り、粛々と」
勝利への王道に、障害無し。
一ノ瀬は腰に差した杖の持ち主を処理するべく歩み、
「ひとつだけ。正しとくよ、一ノ瀬」
その声に、思わず振り向いた。
消えゆく分霊、脱落の直前、敗者が勝者を見上げて語る。
「楽しみ切った上で、他のどんなパーティより盛り上げて勝つ……誰も見た事のない、未踏の線を皆で超える。それが、俺たちのお祭りだよ。ただ勝つだけより、遥かに難しくってもね」
単なる負け惜しみか、時間稼ぎか。
違う。そういうものを、このプレイヤーは、持ち込まない。そんな無駄口を叩きはしない。
これは、そう——勝つことを諦めた瞬間など、一秒たりともなかったという訂正であり。
もう、勝負は決まっているのだという、勝利宣言だった。
「さあ、ここからは俺も観客だ。どう転ぶか、手に汗握って見物させてもらうよ、最後の攻防——彼女がきっと放つ、運命を変える光芒を」
さっぱりとした笑顔で、新城千尋は脱落する。
そして、次の瞬間。
一ノ瀬古都子は、彼らが貫く意志を目の当たりにした。
「……ッ!?」
現れたのは、線。無数の魔法陣が連なって形成された、発射弾道——星を撃つ道。
あらゆる疑問を意識するより先に、一ノ瀬はそこから外れた。その瞬間に成すべき【正しい選択】を過たず掴み取る。
しかし、その“間違い”は追ってきた。
一ノ瀬がどれほど大きく、細かく、進むと見せかけて戻るフェイントを混ぜようとも、森の樹々に紛れようとも。
魔法陣のラインは、一ノ瀬へ追い付き、張り付いて剥がれない。
「……そうか。このマーカー、あの時につけられていた……」
森林の木に登る。想像と違わない。
長く連なる魔法陣の道の始まりは——高層ビルの最上階、先程彼女が侵入し、そして、彼と共に飛び出した穴の開いた、あの場所からだ。
あそこに行く猶予、杖の向きが及ばない場所、そのどちらも一ノ瀬には無い。ビルに登るショートカットに利用できた海水も、完全に引いている。
「砲撃戦の魔道士は、寄られてはいけない。端からこのために、私を引き離した、のですね」
避けられない。
だが、負けていない。
「その機転と、一矢報いんとした思いを称えます。お見事です、初心者さん。……ですが」
勇者と敵対する限り。その胸に抱く希望は、絶望へと転げ落ちる。
[星撃]最大必殺技の多すぎるリスク、その一つ……剥き出しの射線故の避けられぬ現在地点曝露、即ち、狙撃の的。
森の中、一ノ瀬が地を踏み締め、腰を、上体を、腕を捻る。
射撃——否、砲撃の姿勢を取った時、魔法陣の色が変わる。準備の完了が示される。
「——うぅうぅぅぅぅあああああああああああッ!」
刹那、一手早く独楽が回った。
すっ飛ぶ大金槌、あまりにも身も蓋もない速度重量破壊力、接触即死のレーザービーム。軌跡は真っ直ぐに——魔法陣が伸びてくる、その始まりの地点へ向かう。
どちらが速いかなど、論ずるにも値しない。
幻想闘祭の舞台において、どれだけの高火力だろうと、特別なスキルの影響下でもない限り、装備は破壊されない。つまり、もしも先に輝きが放たれようと——大鎚は光線を突き抜け、移動出来ないラグラグラミナの元へ到達する。
そして。
一ノ瀬古都子には、命のストックがまだ、ひとつ。
同時に死んでも、相打ち上等。
「ゲーム、オーバー」
勝利の弾が、飛んでいく。
一ノ瀬古都子はさわやかに、約束された結末へ辿り着く最後の一手を見送った。




