61:魔王 対 勇者
〈視点/ビル内:瓦礫のフロア/【千】と【一】〉
水音が聞こえる。海龍神の去りし都市が、急ぎ足で元の舞台へ戻っていく。
それが終わり切らぬ間に、新城千尋は行動した。
銃剣を剣倉へ叩きつけ、最後の刃を接続しながら突撃し、一ノ瀬古都子はそれに応じた。
失われた刀身の補充直後、彼の初太刀は鞘からの居合めく。”抜き放ち”は剣倉内部に充填された魔力の補助を得て、引き抜く速度、威力の増大を見る。ただでさえ早い短刀のワンアクションは、刹那を断ち切る神速の域に達する。
故に、迎撃するならリーチの外で。
二丁持ちのナイフ・カスタムを施した新城の銃剣は通常のそれと比べて刃渡りが短く、得物の長さの優位を生かし、一ノ瀬は相手の間合い外から杖を振るい——。
——ただの刀身が、火を噴いた。
元素を付与せぬ、単なる刃の形をした弾丸が、居合斬りならぬ早撃ちの要領で放たれたのだ。属性付与を行わないのであれば、呪文の入力を短縮し、不意打ちで射撃することができる——!
「——はッ!」
少年が笑うは、思惑が通った優越に非ず。
それよりも、更に上質で甘美な快楽がため。
「そういうやつだよね、君はッ!」
一ノ瀬は、杖を振れども振り抜かず。
振り抜く途中に留めた動きは、杖の胴体で、射撃された刀身を受け止めていた。新城の策を読んでいたのか、それとも直前で見切ったか。確かなのは、止められたという事実だけ。
「だった、ら——こうっ!」
刃の弾は止められたが、無意味ではない。通常の銃弾よりも遥かに大きな物質を受けた反動は一ノ瀬をわずかによろめかせ、そこに新城は、そのまま突っ込み——。
「おおおおおおおおおおおっ!」
思いきり、蹴りつけて。
一ノ瀬が入ってきた壁の穴から、己諸共ビルの外に飛び出した。
「ちひろっち————っ!」
仲間の叫びに応える余裕もない。
何しろ今彼の目の前には、勇者がいる。
「退屈なんて、してる間ないな!」
自由落下の最中も、戦闘は中断しない。
相手が弾き飛ばしてしまう前に、杖に食い込んでいる刀身を掴み取るのが間に合う。刃の側面を人差し指と中指で挟み込み、即席の爪とする。
「この、まま、ここで——ッ!」
吐息さえ交わる至近、決意と共に振るった爪は、ことごとく弾かれる。短く握り直された魔道士の杖は、担い手に合わせ、中近自在の棍になっている。
宙で重ねられる攻防、新城が仕掛ける連撃にわずかの継ぎ目が生じた刹那、反撃の杖頭が喉に叩きこまれた。吹っ飛ばされ、道路に残る海水へ沈む。
水面に上がるより先に、水位のほうが下がりきった。体勢を立て直す前に攻められるのも想定したが、一ノ瀬はそれよりも確実な手段を選んでいた。
杖は腰に差し、勇者の手に巨大な金槌が握り直されている。命中の瞬間に振動を発生させ、相手が受けようと弾こうと関係なく打ち倒す効果を備えた武器が。
一ノ瀬はこれを対戦序盤、アリーシャのスキルを破壊するために使い——そして、放り飛ばしていた。
まるで、この終盤、この地点で回収するのを、予期でもしていたように。
「ここで、か。相変わらずの魅せプレイごちそうさま、スーパースター。今頃、観客が見事なフラグ回収にどんだけ沸いてるか考えると、羨ましくって仕方ないよ」
「これが私の、勇者としての務めですから。けれど、貴方はとてもらしくないですね」
「……え?」
「どうして彼女に、『死ね』と言わなかったのですか?」
グリップに刀身を再接続、爪をナイフに戻し、新城千尋は攻めた。
【破砕の大金槌】の前に、防御には回れない。手数で惑わさなければ、よりリスクを冒さなければその時点で詰む。
「もしかして、まだ詰んでいないと思っていますか?」
間違いない。
動きは鈍っている。
大半の参加者が脱落したことで、逆境に依存する勇者のスキルは薄れている。
それでも、今一歩踏み込めない。銃剣は片手に一丁、射出機構を使用したため弾には出来ず刃としてしか用途なし、加えて——このフィールドには、まだ。
勇者を強くしてしまう、もう一人の味方が残っている。
「杖もない魔道士で、完全な役立たず。その上初心者で、砲撃の弾道も一人じゃ引けない。海龍神を撃ち抜くときだって、あれ、魔力を過剰に使い過ぎでしたね。お荷物ですよ、彼女」
「おしゃべりだね、今日は、特に!」
振り回された金槌を、地面に寝そべりそうなほど膝を曲げて避け、顎の下から切りつける。一ノ瀬もまた、大きく身を反らしてかわし、仕切り直しの距離が開いた。
「集中しなよ、勇者。そんなにも俺は、取るに足らない?」
「はい、ぶっちゃけ。初心者のお守りに、勝つためではなく、使いたいだけの武器。そんな適当なもので、私、貴方には殺されてあげません」
「……ねえ。ちょっと待って、ダウト。今回、最初に取ったでしょ。ワンダウン」
「知らないんです? 一ノ瀬古都子は、スリーダウンまでは余興します」




