60:壱個は、皆で一つの英雄譚になる
●試合当日/AM0:12/レンタルスペースまほろば/一ノ瀬パーティ・最終MTG●
「なぁなぁコトコー。“正解”がわかるって、どーいう気分なんだ?」
それは、少女たちだけの時間。
一日の課題を終えた最後、穏やかなパジャマパーティ。
備え付けのテーブルなどを脇に除け、四組の布団が十字に並べられている。
奇妙な並びだが、これは、四人が布団に入りながら顔を合わせるためのお馴染みの配置だ。
南側でうつ伏せに寝そべり足をパタパタやるフード付き虎パジャマ・三稜龍緒の質問に、向けられた相手は丁寧に答えた。
「龍緒が想像しているような、特別な感じはありませんね。“ああ、これだ”みたいにぴんと来るより、その場その場で普通に決めていたことが、後から見れば実はそれしかなかった、とわかるようなもので」
「ほへー! そういうもんなのかー!」
「——“月は月であるが故、夜空に浮かぶ一等大きな星を知らない”——かしら。自分の特別さを自分が誰より実感できないのね、古都子は。……ああ、それはとても、切ないわ」
西側の布団で横向きに寝るシルクのネグリジェ・四方葉流時は、本に栞を挟んで閉じながら一言を付け足す。
「いかにも無理しているものね。貴女は、いつも」
その発言に、ぽかんと口を開けたのは、北側の布団に寝転ぶ——ジャージが寝巻の彼女、一ノ瀬古都子だ。
人は彼女を、主に【英雄】と呼んでいる。
「うそ。ばれてます、私?」
「まあ、少なくとも」
「らしくねーって思ってるなー!」
西と南からの意見に、うーん、と腕を組んで考え込む一ノ瀬。ただし、一瞬だけ。
「まあ、大丈夫でしょう。駄目なことなら、やっていないはずですし」
「はは! コトコそーいうとこあるよな!」
「どうせ大丈夫だからと大雑把よ、何かと」
一ノ瀬古都子が、自分の性質について知ったのは、四歳の頃である。
幼稚園の異世界遠足の折り、とある看板の表記が妖精の悪戯によって変質し、危険な荒魂の領域に迷い込みそうになったのを『そっち、ちがいます』と指摘したのをきっかけだった。
どうして、引率の保父も現地ガイドの魔道士も見抜けなかった変化に勘付けたのか。
その質問に、幼い少女はこのように応え、神による検査を受ける運びとなる。
『だれかがいけないことをしてたなんて、知りません。なにかがわかったわけでもないです。わたしがそうするんだって、きまってたんです』
世暦次代、数々の異世界が交わりを迎えて以降。
それまでその世界では生まれなかった、特殊な素質を持つ者が現れ始めた。
多くの人を悲しませる、【魔王】の素質を持つ子が生まれるように。
その少女は、多くの人を導き助ける、【勇者】の素質を備えていた。
やる事成す事が、不思議と正しさへ繋がっている。幸福の因果の原点であり、その前途は、華々しき宿命で彩られている。
たとえば。勝つべき勝負がある時、少女は必ず、勝つべくして勝つ。世界に愛された、物語の主人公のように。
時折、それだけを見れば負けと思える状況もあった。
だが、そういう場合は得てして、その先にある本当の正しさ、本当の勝利のための呼び水たる、布石としての敗北でしかなかった。
一ノ瀬古都子は既に、運命を司る神に予言されている。
将来、彼女は地球より遠き異世界にて、【本物の魔王】を倒す、【本物の勇者】になると。
「分かり切っている人生は退屈かい、予言の勇者様」
芝居ががったふうに言うのは、組んだ手を首の後ろに回して仰向けに寝る、生地の薄い浴衣を着る東側の布団の少女・二階堂愛だ。
「所詮、誰でもよかった埋め合わせのパーティメンバーがこんな事を言うなど滑稽かもしれないが、本当の勇者になるまでのモラトリアム、楽しめばいいと思うよ、ボクは」
幻想闘祭の試合前、彼女たちのパーティ・壱個の行うミーティングとは、話し合い・情報整理・会議の類ではなく、通達だ。
他のパーティが、たとえば相手の情報を集め、対策を練り、作戦を立て、勝ち筋を見出すところ……そんな手順は、一ノ瀬古都子には必要ない。
何しろ、正しいことを、《《わかるまでもなくやっている》》のだ。理屈をすっ飛ばした結果だけの未来予知、式を完全なマスクデータとした解答に等しく、今回も、三人の王様がどのスキル、領土、転送武器をセットすべきか、夕方ごろなんとなくぴんときた。
なので、一ノ瀬たちは予定が組まれて六日後の対戦前日、ようやく初めて集まった形になる。
「君が幻想闘祭を始めたのも、そう決まっていたから。僕らが君の、年毎に変わるパーティメンバーに選ばれたのも、そう決まっていたから——すべてはすべて正解とは、晴れがましい」
けれどね、と二階堂は続ける。
高校生最強プレイヤーのパーティメンバーながら、今が使いどころだと明確にわかってしまう場面で、それぞれに持たせられていた役割を発動させればいいだけの、同じ戦場に立てない仲間が言う。
「君がどうあれ、世界がどうあれ、運命がどうあれ、正しさがどうあれ。僕も龍緒も葉流時も、君が好きで、君に惹かれていて、君が楽しいかどうかが一番だと思っているってことだけは、宣言しておきたいね」
「そうそうそう、それそれ! オレもそれが言いたかった!」
「……切ないわ。いいところを、愛にとられちゃった」
三つの手に頭を撫でられ、一ノ瀬は照れくさそうに「ん……」と受ける。
「そうだな。贅沢を言うなら、僕たちは、幻想闘祭で繋がった仲だ。どうせなら、それで君が楽しそうにしているところを見られると嬉しいな」
「……してる、つもり。だけど。ファンフェス、きらいなわけじゃ、ないし」
リラックスしたのか、言葉が砕けた。
幻想闘祭絡みの場面では、いつもより少し嬉しくなって興奮し、口数が増えると同時に、口調も早くなる一ノ瀬なのだった。
「わかってる。私がファンフェスをしようと思ったのは、将来の予行演習で、特訓なんだって。必要な事で、正しい事なんだって。——でも」
布団の中、枕に顎を埋めながら、彼女は言う。
「必要じゃないかもしれないけど、正しくないとしても……私ね、みんな。他のプレイヤーみたいに、勝ちたいと思ったところで、勝ってみたい。ファンフェスで、おなかの底から、ひりひりしてみたい……」
夢見るように呟いて、未来の勇者が眠りに落ちる。
三人の王様は、いつか、自分たちの恩人の、ごくごく小さな個人的な願いが叶うよう、神様に祈ってから明かりを消した。




