58:主役たちの闘い
〈視点/水没近代都市:高層ビル屋上/バーストレンジ〉
「ひとつ! 蛙沙比川龍神、手製の草餅! ひとつ——ゲンヌダーロ・平賀の分霊! 以上の供物にて、荒ぶる御霊、鎮められしことを願わん! 恐み恐みも白す!」
品目の奏上が終わった。言葉を結んだ直後、並べ立てた目録の品全てが商人の棚から消え、海龍神が震えた。
商談は、此処に成った。
此度の試合、裏方に徹して立ち回り、試合の流れを操ってきた商人はついに、一度として武力を振るうことなく退場する。
「収穫だ。貴重な神との交渉経験が積めました。やはり商売は、万に通ずる交流ですな」
分霊が薄れて完全に消失する前に、「おっと」とゲンヌダーロは手を打つ。
アタッシュケースの中に入っていた、ラストのマジックポーション——紙に一筆を行い、この後絶対に必要となる魔道士へ所有権を譲渡した後、中空に現れた判子を、砲撃中のラグラグラミナの背に、ちょいちょいと招き寄せた新城の手の甲に押す。
「儂としたことが、損するところだ。折角のポイント、未使用で期限切れなどありえない」
商人スキル、[全ての商いは得に通ず]。
これは、対戦中に行った商談に応じて溜まるポイントを消費して、様々な効果を及ぼす。
今回平賀は、スキル[商品陳列]で持ち込んだ代物を、一定範囲内の相手と商談の上渡せるスキル[三千世界に名を売って]で、ブルーバイトの二人にはマジックポーションを、海龍神には鎮魂の祈祷商談を行っていた。
そこで溜まったポイントの効果を、ここで発動させたのだ。
「やれることはこれで全部。後は悠々自適、御二方の活躍を観戦させていただきます」
「ありがと、おやっさん。アリーシャにもよろしくね」
にぃ、と口元を歪めるようにして、やり手の鍛治士にして商人は笑う。
「超世界工房平賀をご利用いただき、ありがとうございました。次もどうぞ御贔屓に」
薄れていた姿が完全に消え去る。
平賀の脱落と同時に、海龍神の『分霊の魂』も還っていく。
その時点でそれは単なる大量の海水となり、[輝きは星を撃つ]が、中にいるプレイヤーごと龍の形をした水の塊を貫いた。
参加者が減り、試合はこうしてまたひとつ段階を進め、ついに、最後の敵と決着をつける時が来る——
「——さて」
そんな感慨にはまだ少し早いことを、新城千尋は目視する。
海龍神撃退の瞬間、脱したもの。
この勝負を、意地でも勝たんとするものが、降ってくる。
「格好良いなあ、手強いなあ。まったく——この祭りの参加者に、脇役なんて、いやしない」
彼は笑い、銃剣を握り直す。
空には、レオタードベースの魔道士装備を着た少女。
青島淡の武器たる、無数の、数えきれない槍がある。
〈視点/水没近代都市:上空/青島淡〉
青島淡が飛んでいる。
空の最中を落ちている。
下には勝利が待っている。
上空に打ち出された刹那、彼女は一切取り乱していなかった。
その時にはもう、内に宿っているものが退去して、海龍神でなくなった——龍を象った水の塊を、自らの魔法の支配下に置く。
構えた杖は地を指して、蒸発の伝導から切り離して逃がした大量の水を刃に変え、無尽の槍を形成する。
空は広く。
地は遠く。
何を狙うか、何をすべきか、よく見える。
「——はーあ。やることはやるけどさ」
凡人には荷が重いですよ、と少女は呟く。
今の状況は、味方が無し、敵が二と一。
銃剣士は、一試合一度ずつ・四種の属性刀身を使い切ったのを観測済み、初心者の星撃は光線の照射を止められず、あさっての方を向いている。
どちらも、今から降り注ぐ刃に対応できない。
そして——海龍神の消失で、水位は高速で下がりつつあるが。
水がまだ残っている間ならば、フィールドの敵が限界まで減り弱体化したあの勇者も——
「ま、いっちょ見せますか。私は普通で平凡だけど……私の仲間は強いんだぞ、って!」
決意と共に[水刃]が放たれる。ヴォルケンノタスが、ヒッショリノが、テモンが、青島が。全員がいたからこそ辿り着いた状況で放たれる、ブルーバイトの真髄が。
少女の表情に浮かぶのは、戦意と、勇気と、高揚と——それから、驚き。
「——え?」
青島は、地上からやってくる、もう一筋の閃光を見た。
〈視点/水没近代都市:高層ビル屋上/新城千尋〉
上空から無尽の水槍、それを確認した新城は、止まらなかった。
「[弾頭、装填]」
二つの銃剣を抜き、飛び込んだ。
星撃が放つ、魔道砲の光の中へ。
魔力の放射を受けながら、彼が五体を保って出てこられた理由は二つ。スキルが終わりかけ、威力が落ちていたこと。そして、保険があったこと。
平賀の遺産。ポイントを使用したスタンプによるスキル効果、[損害保険]。
マイナス効果を受けた際、それに応じた保証を受けられる——膨大な威力の光線に晒された分霊の耐久がゼロになる寸前で、回復で補われることができた。
本来は、この後の戦いに備えるためのものだった。それでも、目の前の死地を越えねばその戦いもなく、新城は迷うことなく判断に身を投じる。
自ら身を焼かせた[輝きは星を撃つ]。
その理由は、一つ。
「[装填、完了]」
姿勢を倒す。片方の剣を床に刺し、強く握り、踏み留まるためのアンカーに。
もう片方の剣を、透明な死が降る上空に。
「[弾頭、解放]」
銃剣が光る。
それは、仲間が放っている眩さと……たった今、身に受けたのと、同じもの。
「[擬・輝きは星を撃つ]」
刀身が、その魔法が、放たれる。
——銃剣スキル[魔弾装填]。敵・味方問わず、装填モードにした刀身に受けたスキル効果を模倣。刀身射出により、発動させることができる。
二条目の輝きが空に走り、[水刃]と、青島淡が飲まれた。
……しかし、模倣の魔道砲は、威力も範囲も劣化している。
光線から逃れた一部の水槍が屋上に降り注ぎ、置き土産のマジックポーションが砕け——。
「ぁ、きゃあぁぁぁっ!?」
「うわっ!」
更にはラグラグラミナの杖を弾き飛ばし、高層ビルの床を崩して、アンカーとして突き刺していた新城の銃剣を瓦礫に埋もれさせた。
「び、びっくり、した……! ちひろっち、どうしましょう!? ボクの、ボクの杖が」
動揺する彼女に新城が返すより先に、窓ガラスが割れる。
瓦礫のフロアへと、外から飛び込んでくる人物があった。
「お探しのものは、これですか?」
手には、星撃の杖。
他プレイヤーが持ったとしても、魔力制御は行えないし宿ったスキルも使えない。
しかし……奪われれば、本来の所有者の魔道士は一切魔力を操れなくなる、存在意義の要。
それをぐるりと回し、彼女は棒術の得物として構える。
水流に流され失った、大剣や弓の代わりに——拾った物を貰って使うのは、定番の特権だとでもいうように。
勇者は、楽しそうに笑った。
「あらあら、とても大変。そこの彼女、どうやら、完全なお荷物になってしまいましたが——こういう場合、貴方は勝利のためにどうしますか、千様さん?」




