55:輝きは星を撃つ/Ⅰ
〈視点/水没近代都市:高層ビル屋上/バーストレンジ〉
水没都市が襲い来る。海龍神の身体から、ビル街を沈める海水から、無数の巨大な刃が伸び、高層ビル屋上に迫り来る。
平賀は動けない。一度始めた奏上を中断し、それで礼を失すると判断されれば、次の交渉のチャンスはない。
この状況、本人も承知の上だ。覚悟も済んでいる。商人のプライドに賭けて、脅威から目を反らさず、声を乱さず、己の仕事をやり通さんと——今日の対戦までに超特急で取り寄せた、海龍神も垂涎な自慢の品々を読み上げる。
故に。
それを全うさせることが、二人の役割だった。
「ミナ! 砲撃は二段目までの解除を許可!」
「了解、レベル2にて砲撃準備!」
「溜めの感覚は!」
「お腹が“きゅる”から“きゅるきゅるきゅう”になった時!」
歩み出た魔道士が杖を構える。
先端を水平に、砲口を向けるが如く。
そして。
力ある言葉が、魔人の口より紡がれる。
「〔力在れ。此処に在れ。この先に在れ。果てに在れ。至れ、至れ、未だ至らぬ地に至れ〕」
それは、唱である。これより起こす、切り替えの準備である。
目覚めの句にて杖の先端に燈が灯り、いくつもの魔法陣が中空に刻印されていく。
先へ、先へ、まっすぐに。幻影は海龍神の胴体を通り抜け、何物にも止められず、隔てられず、フィールドの端を越えて遥か地平の向こうまで、魔法陣は次々並ぶ。
大事のための準備。商人は品目を唱え、星撃は術式を編む。
溜めの無防備を晒す仲間たちの前、一番の矢面に、新城千尋が身を躍らせた。
「[抜剣、黄]!」
二丁銃剣、片方のトリガーを引く。そちらの刀身に走る黄金の線、彼はそれを以て、屋上の床を斬りつけた。
刃が走り抜けた軌道が抉れ、削ったものが固着する。今しがた斬ったアスファルトが刃と融合し、肥大化する。
それを素早く繰り返す。ビルの床を、金属を、一つの刃に纏わせ続ける。
「おおおおおおああああああああッ!」
銃剣一本をホルダーへ仕舞い、片手持ちにてそれを振るう。手数こそ減れどもリーチと何より範囲が増大、大振りのナイフ程度だった銃剣は、巨大な水の刃を迎えるに足るサイズに追い付いた。
弾くように、斬り飛ばす、斬り飛ばす、猛攻を凌ぐ——そのうち、相手側が方針を変えた。
刃は、巨きさより数で。
十、百、千、数えきれない、防ぎきれない数の水の針が、海龍神の身体から突き刺すように伸びてくる。
「防げるのは、この一発だけ」
新城が、抜剣:黄・合金刃のトリガーを引いた。
肥大した刀身が銃弾として発射され、炸裂する。魔力を帯びたアスファルトが礫となって撒き散らされ、水の針を次々撃ち落とす。
どうにか数には抗えたものの、問題は装填の差だ。
銃剣士の撃てるのは一発。
しかし、水龍神素材の針は再び、いくらでも——。
「俺は一発、だけでいい」
その時にはもう、準備は完了していた。
「やっちゃえ、ミナ」
場所を入替する。選手が交代する。
新城は宙返りで後ろに回り、彼女が代わって、最前列に。
「〔届け、届け、未だ届かぬ地に届け。閉塞を越え。障壁を越え。限界を越え。定め越え〕」
結びの呪文が開幕を、あるいは無慈悲の閉幕を告げる。
延びる魔法陣の順路が、一斉に、真紅の輝きへ変化する。
それこそは、撃滅のレッドカーペット。其処に今より破壊が来たると、恐れを示す星撃の道。
そう、その名は——
「〔万事万物、遍く眼、照覧せよ![輝きは星を撃つ]〕!」
魔道士は叫ぶ。魔道士は放つ。魔道士は見せつける。
幾千幾万の水の刃を、一筋の、膨大な光が飲み込んだ。




