54:神様への奏上《おねがい》
〈視点/水没近代都市:海龍神内/青島淡〉
一ノ瀬古都子、一刀両断。
その結果に青島淡は——海龍神の左胸にて歯噛みした。
「やられた……!」
勇者は現在、水と反撥するスキルの使用下にある。しかし、海龍神の神気を纏う水は完全に無効化されず、触れて押すことができる。
それを逆手に取り、青島が狙ったのは撃墜ではなく場外。五秒以上フィールド外へ出たプレイヤーはその時点で失格となるルールを適用させれば、復活のストックがあろうと実質撃破できる——はずだった。
「対応……いや、看破されてた……初めて見せた手段なのに……!」
最後の一手、そこまでの詰めは成立していた。
海龍神本体の攻撃と[水刃]の攻撃、そこにマジックポーションの補給が合わさって実現した攻めの継続は【英雄】を徐々に追い詰め、ついに最後の一手——集中した水流が、身動きの取れない中空で対象を捉えるところまでいったのだ。
ただ、その瞬間。
一ノ瀬の機転が、青島たちを上回っていた。
「吹き飛ばされるのを避けるために……自分で自分を、真っ二つにするなんて……!」
命中の刹那、一ノ瀬は胴体の中心を狙った放射を、水平に構えた刃で受けていた。
[湖渡]使用時に所持していなかった大剣は、効果対象外。水圧に押された大剣は一ノ瀬の身体を上下に断ち、おかげで、フィールド外へ押し流さんとする放射から外れ、海中へ没する。
青島はそれを見て、失策を受け入れた。
「あの位置じゃあ、檻も鎧も届かない……! 発動できるのは[水刃]だけ……!」
水分身を派遣する[水溶の水鏡]は強力なスキルだが、自分の意識を通している状態で破壊されたため、もうこの対戦中には使えない。
勇者はじきに復活する。追い込まれるほど強くなる……バトル中に受けた総ダメージに比して強化されるスキルで、より強化された状態で。
しかも、相手もさるもの、【英雄】一ノ瀬。青島が位置を補足し続けていようとしたところ、彼女の沈んだ周辺一帯が赤々とした黒に染まっていく。
『——“夜だ。夜が来た。この時、今こそ、我ら恐るるものはなく、諸君らは、何を恐れるべきなのかがわからない。”——。私の務めはここまで。どうか武運を……なんて、そんな言葉を送らねばならないほど、貴女の王道には未知も不測もないわよね、古都子。それはそれで、切ないわ』
勇者を送り出す王様、四方葉流時の声が響く。これは、復活による代替脱落の前に、彼女が発動した領土生成に違いない。
プレイヤー同士の位置を地図やスキルから見失わせ、外部からでは攻撃がことごとく無効化される暗闇の領土空間、[不知誰彼]……これでは、勇者がどこにいるのか特定できず、迂闊に近づけばカウンターを受けかねない。
古今東西、お馴染みの通り。
勇者が最も危険なのは、追い詰められている最中の逆境だ。
「あうう……こうなったら……仕方ない、テモンさん!」
『ま、そうなりますわな。一旦【英雄】は忘れましょう』
海龍神を介し、青島とテモンが念話を交わす。
『マジックポーションを譲り受ける代わりに[商人]と交わした契約は、【他に狙えるものがある限り、テモン・ムルモはバーストレンジを狙わない】。もう、満了したっすよ』
勇者は一度死んだ状態となれば、復活までの間は狙える対象から外れる。
その状況が一瞬でも成立すれば、契約は果たされたと見なされる。バーストレンジを、海龍神で攻撃できる。……これから、勇者が復活しようとも。
『悪く思わんでもらいましょうね。互いに全部、承知の上でのお取り引きだったんすから』
バーストレンジが得たのは、しばしの安全、その間の立て直し、一ノ瀬古都子の一機。
テモンたちが得たのは、魔力をバカ食いする海龍神維持状態の長期持続。
『いい取引っす。これでこっちは少なくとも、焦る必要はない』
海龍神内部は、先程一ノ瀬が閉じ込められていた水の檻とは、更に別次元の鉄壁だ。破るには神を殺すに比する力が必要であり、これまでこの位置のテモンたちが倒されたことは一度としてない。……仮に、今回の神器戦で最大火力を誇る、バーストレンジの切り札を向けられようと、抜かれることはないだろう。
『絶対安全、きんもちいー。そんじゃ、ま』
狙うことはできずとも、その位置は捕捉していた。
海龍神が勇者と戦っていた反対側、今回のフィールドで最も背の高い高層ビルの屋上に、銃剣戦士と、星撃ち魔道士と、場違いな商人の姿がある。
『これを成立させてくれた方々に、出来を見てもらうとしましょ』
海龍神が口を開く、怪物勇者と渡り合った神の攻撃、水の放射が狙いを定める。
逃げ場はない。逃げたところで、神を用いた[水刃]の追い討ちでどうとでもなる。そうすれば状況は二対一——復活した一ノ瀬にも、十分に目がある。
……その青写真に、青島がごくり、と唾を飲み込んだ時だった。
あと数秒で全滅するバーストレンジが、妙なことを叫んだのは。
「「「掛けまくも畏き海の源、ズォド・メ・ドラド・ムルモ・アケリアよ! この声にどうかその耳、意をお傾けあれ! ——超世界工房平賀、奉納品目録奏上————!」」」
「……は、え? ……はぃぃ!?」
青島が驚愕する。海龍神が攻撃動作を、緩やかに停止していた。
『っは! やぁってくれるっすねえ、あの商人! あんなナリして、古式ゆかしくッ!』
テモンが珍しく声を荒げる通り、三人のいる屋上には商人のスキルである『棚』が展開されていた。
そこにあるのは、およそプレイヤー同士の対戦では役に立たぬガラクタ……しかして、別の場所、別の用途に於いては、何よりも価値を持つ品々であることが、海龍神の神官にはわかってしまう。
彼らは今、神と商談をしようとしている。
「ひとつ! 猛き魚の鱗! ひとつ! 深海の流木! ひとつ! 黄昏の沈む貝!」
大きな声で元気よく、商人が奉じ続ける。
神は、己に礼を尽くす相手を前に、微動だにしない。
『アオちゃん、止めて。アレ最後までやらせたらヤバいっすよ』
青島には何が何だかわからない。それでも、海龍神が動かない以上、彼女がやるしかない。
「今なら——私だって、主役級ッ!」
海龍神が動けなかろうと、ズォドがもたらした大量の水、すべてが糧。
フィールドそのものが青島淡の武器となり、ちっぽけな三人を圧し潰さんと牙を剥く。




