52:難問、汝の名は龍なり
〈視点/ISEKAI大樹店/観客たち〉
『ああーっとぉ! ついについについに出ました! こうなってはもうこのステージ、【近代市街地:ビル街】とは呼べません!』
ニッシェが宣言するように、中継の窓の向こうに広がる光景を見て、誰もそこがビル街であるとは思わない。
それよりもっと、相応しい表現が先に浮かぶ。
『【水没近代都市】! ここはこれより、水を往く者たちのフィールドだぁーーーーっ!』
「うははは出た出た、今回も出た、今回は出せたっ!」
荒唐無稽極まる風景に、スサノオ神も大笑いする。
「相変わらずやるじゃんな、あいつ! いっくらファンフェスの対戦フィールドが、世界観緩めの独立空間寄りで、ガンガン制限かかっとる状態とはいえ——真正神性の一柱、異世界からゲストに呼んでみせるたぁ!」
ブルーバイトの切札……[魔道士/召喚]のテモン・ムルモが呼び出したのは、彼の出身たる異世界にて崇められる海龍神ズォド・メ・ドラド・ムルモ・アケリア。
旧き言葉で示される名の意味は、“海の水の湧き出すところ”。
その身は生命の源たる海洋水で構成され、一度現れれば、神話に語られる偉業の通り、フィールドを【海】の属性で上書きする。溢れかえった海水で街路樹は既に頂点まで水没——水位は更に緩やかな上昇を続けていた。
「ブルーバイトの勝ち筋は二段構え。双剣コンビが派手に暴れてそのまま勝ち切るか……鯱に絡まれてる間に時間を稼がれて、神の海に呑まれるか、なのよねん」
召喚スキルは上位になるほど手間を要する。
小判鮫両生種族テモンが呼ぶ海龍神は、四つのスキルスロットのうち三つを高度な召喚を行うための[上位召喚一・二・三]で埋め、四つ目に[海龍神浮上]をセットすることで呼び出せる召喚魔法の最上位であり、リターンに見合ったリスクを備える。
つまり、召喚以外の戦闘行為は全くできず、召喚準備中はマンボウの卵ほどに無防備で、バトルにおいて役に立つか経たないかが零か百かの両極端。
『対ブルーバイトに於いては、事を起こす前の召喚士を見つけて潰すのが重要で、一方当のブルーバイトは、いかに海龍神が現れるまで相手を抑えるか、または召喚を阻止せんと焦る相手の足並みが乱れたところを撃破するか……なのですが! 今回はその、どれにも当てはまらない展開になりましたね! いやー、面白いっ!』
とはいえ、予測範囲の意外さだ。
打って出る双剣士二人+遠隔操作の水魔導士から離れて隠れ潜むテモンを発見・処理するのに効果的なのは頭数を揃えての捜索や範囲攻撃、暗黙の了解としての一時休戦だが、それができない条件がマッチング段階で歴然だった。
「間違っても勝利のために敵と連携なんざせぬ怪獣勇者に、下手に動けば誰に見つかっても召喚士と同じくやられる初心者二人を含む新興パーティ。此度の神器戦、ここまでの展開は半ば必然——重要なのはここからさ」
スサノオ神が、人の挑戦に目を細める。
神の分霊を呼ぶほどの偉業のリスクが、召喚までの無防備に留まるわけはまさかない。
海龍神が活動できるのは、呼び出した者の魔力が枯渇するまでだ。
「産土の縁に、テモン自身が海龍神を祭る神官の血族という経緯でイカサマきかせちゃいるけども、フィールドを海にする以上のお願いを追加するほど、魔力消費は激烈に加速する。相手が勇者ときたら、魔力切れまで粘られちゃうのも十分アリアリのアリ」
『理想は、前衛が生きているうちのフィールド海化でした! さすれば、文明と自然の溶け合う水没都市を自在に泳ぎ、鯱人の本領を発揮するお二人が見れたのですが!』
水中双剣連携は、地上とは毛色も威力も段違い。それこそがブルーバイトの最強モード——なのだが、その水路は、成立寸前に途切れてしまった。
「いいねえ。狙い通りに運ぶ戦場、神様だって喉から手が出るほど欲しかぁ。人も神も、思うようにならんことばっかぁよ。だからこそ、やり応えがありやがる」
都市に君臨する海龍神——透明度の高い水の胴体に映像が寄れば、左右の奥深くに身を潜めている青島とテモンが見える。
神の内側という安全地帯から青島が使うのは、四つ目のスキル[水刃]。
単純に水で刃を作り攻撃する魔法だが、用法は自分で水を形成するものと、周囲の水を操る二つがある。海龍神の身体を素材に放たれるそれはビルさえ両断してのける威力を持つが、相手は【英雄】、振るわれた斬撃が自分を狙う海を割る。
風景は、まるきり怪獣映画かヒーロームービーだ。
大剣を手に、海龍神にさえ一歩も引かぬ一ノ瀬古都子。彼女は現在、二重の水の壁で封印されていた際に、王様から渡されたスキルの加護を受けている。
[湖渡]——歴然と対ブルーバイト用なスキルは、本来は水上を歩行するためのものだが、使用時に効果範囲を全身に拡大しておけば、封印された液体の中でも窒息させられることなく留まることができる。
「一ノ瀬は[湖渡]があるうちに海龍神を落としたい。一方テモンらは、海龍神がいるうちに勇者を凌ぎたい……脱落者が三人出た今なら、不可能じゃあない強化具合ではある。そこまで見越して、この食い合わせを狙って一ノ瀬の解放と自分の脱落を合わせてんなら、天使兎人、小悪魔みたいに曲者だ。しかし、俺の見たとこじゃあギリギリで——」
『あ、ああーっ!?』
スサノオ神を遮って実況妖精が声を上げたのは、窓に予期せぬ映像が映ったせいだ。
海龍神内部のブルーバイト魔道士二人が小さな瓶を取り出して飲んだところ、身体が回復を示す緑色の魔力光に包まれる。しかも、その瓶はもう一本ずつ残っているようだった。
『ななななんと青島・テモン、マジックポーションで魔力補充!? あの瓶に入っているマークは……間違いありません、バーストレンジの商人、ゲンヌダーロ・平賀の超世界工房のものです! これは一体、どういうことなのかー!?』
「どうもこうも。好き勝手やってんのはあっちもこっちも、どいつもこいつも、ね」
スサノオ神が興奮に身体を揺する。中継を映す窓の目に見られていないうち、抜け目のない商人は密かに顧客を増やしていたらしい。
「今度は向こうに、とことん勇者とやりあってもらう腹かよ。客を飽きさせねえエンタメを見せてくれるな、バーストレンジ! この作られた流れ、どこまで乗り、どこから逆らう、ブルーバイト!」
魔力補給を行ったテモンが命令し、海龍神がその口から凝縮した水を放つ。
次の瞬間、一ノ瀬古都子の胴体が真っ二つに千切れ飛んだ。




