51:引き潮と満ち潮
〈視点/ビル街:砲撃跡地/鯱人たち〉
魔力弾の炸裂が作ったクレーターの底に、三つの影があった。
一つは、一ノ瀬が封印された水の檻。
もう二つは、水の鎧に守られたヴォルケンノタスとヒッショリノだ。
『だだだ、大丈夫、二人ともぉ!?』
二人を覆っていた鎧が剥がれて集まり、30センチほどの小さな人型に姿を変えた。
[魔道士/水元素]のスキル、水で自身の分身を作り出す[水溶の水鏡]。彼女……ブルーバイトのリーダー・青島淡はこれを用い、水に感覚を乗せ、後方から前衛を補助していた。
「おォ。おかげさまでな」
「咄嗟の判断お見事です、淡様」
水の壁と水の鎧に混じって状況を見守ってた青島は、落ちてきた魔力弾が爆発する寸前、一ノ瀬の拘束に使っている魔法を一部剥離させ、パーティメンバーを守っていた。
「このあいだ坊と対戦した時は[黒魔道士]でしたね。鍛冶屋の方が新装備を持ってきていたというのは聞いておりましたが、まさか新人が[星撃]とは。二丁銃剣の彼といい、ピーキーにも程がある。バーストレンジ、やりたい放題が信条なのでしょうか」
「魔人はただでさえ素の魔力が高い。それを生かすジョブ選びは定番だが、普通出力に難有りなスキルの底上げや、魔力ドカ喰いタイプのスキルを補うもんだろうに——よりによってアレとはな。オーバーキルが趣味か? フィールド全部更地にでもしてえのかよ」
「このまま放っておくのは愚かと。中継点の天使に跳ぶ砲撃の軌跡は見ました、二度目が無いよう、最優先で狩りに行くべきと進言します」
『ま、待って待ってーっ!』
二体の鯱人の戦意に、焦りの声が割り込む。水人形のミニ青島が、一ノ瀬を閉じ込めている水の箱を主張する。
『今の爆発で結構、こっちもまずくなってて! 中からの抵抗には万全だけど、外からの刺激にはそこまで強くないし、二人を守るのでも結構、水を分けちゃったじゃない? だから私も、一度そっちに合流してスキルのかけなおしを——』
「きゃっふーーーーッ!」
派手な叫びが聞こえ、全員がそちらを向いた。
真正面から突っ込んでくる翼がある。見るからに手負いで、速度も本来のキレがないが、あれはアリーシャ・レネレーゼだ。
青島は「ひぇっ、またぁ!?」と驚き、ヴォルケンノタスとヒッショリノは剣を構える。
「あの消耗で、単騎? ……クセえな」
「さて。何にせよ、逃がさず侮らず。くれる戦果なら、齧ってから考えましょう」
互いの死角を補うように三本の剣が構えられ、無謀な敵を迎え撃ち——
——衝突の直前。予期せぬタイミングで、鯱人二人の前に、爆発が起こった。
「ぐっ!?」
「わぁっ!?」
不意を突かれて面食らった。小規模炸裂ではアーマーもありダメージこそ受けなかったが、かすかな隙が生じる。
相手はその一瞬で鯱人たちの脇をすり抜け、そこへ到達する。
一度通り過ぎ、魔力足場を経由して跳躍反転、三角の軌道を描き。
最大限の威力を引き出して、天使兎は蹴りをぶち込んだ。
一ノ瀬古都子が封印されている、水の箱に。
『あ……あああああーーーーっ!』
青島が叫ぶ。
蹴りの命中と同時、アリーシャの脚に、振り絞られる魔力の光がきらめいて——
「やっぱりさ。仲間外れは、ダメダメだよね?」
最後の爆発が炸裂し、耐久限界だったアリーシャの分霊ごと、大量の水が弾け飛んだ。
三人とも素早く反応したが、その次の行動が遅かった。
危機に反応するは良し。問題は、反応した後、その危機から敵意を切り遅れたこと。
長すぎる一秒間。
三人分のターゲッティングが、その人物に集ってしまった。
「——しくったぜ、クソが」
ヴォルケンノタスがつぶやいた時には、もう終わっている。
まず傍にいたヒッショリノが、次に横のヴォルケンノタスが胴体を吹っ飛ばされ、一瞬でブルーバイトの前衛二名が脱落した。
『……あ』
最後、水人形の青島を散らしたのは、鯱人の二人には打撃武器として用いられ、三手目にて投擲の円盤になった小盾だ。
刹那のダブル・キルを成した彼女……場を再び三つ巴とする人物が、防具兼武器を回収しようとするも、拾い上げようとした寸前に小盾は砕け散る。
「——ああ。ぎりぎりで当てていましたか、[螺旋崩壊]。お見事」
空の手を振ると、目の前に、王様から四つ目の武器が転送されてくる。
露出した土の地面に、自重だけで深く突き刺さったそれを棒切れのように引き抜き、一振り——暴風が巻き起こり、彼女は微笑む。
「別に怒ってないですよ。とても見事な封印でした。ぱちぱちぱち。ただちょっと、放ったらかしは寂しかったので——今度はそちらのパーティに遊んでもらいたいですね、青島さん」
怪獣が解き放たれる。
【英雄】一ノ瀬古都子は、足取りも軽やかに、目標の探索を——
——始める必要性を、失った。
「……おや」
砲撃跡のクレーターを昇った一ノ瀬が目にしたのは、ビル街のそこかしこから立ち昇る水柱と……それが集結し、形成していく姿。
水は、文明を侵食する巨大な龍となり。
一ノ瀬が、うっとりと頬に手を当てる。
「これはこれは、なんて嬉しいおもてなし。遊びがいがありますね」
恐れも悩む素振りも見せず。
彼女は、それが勇者の本文であるとばかりに、己の身の丈を遥かに上回る大剣を担ぎ持ち、巨水龍への挑戦を開始した。




