50:兎魂は脚で魅せる
〈視点/ビル街:上空/アリーシャ・レネレーゼ〉
——今、と彼女は言った。
アリーシャ・レネレーゼは、許可を出した。
〔お待たせお待たせ! 我慢した分でっかい一発、どーんと来ちゃって、ミナちゃんッ!〕
地図を閉じ、フィールドの遥か上空から、兎天使は今一度二点を見下ろす。
命を削る一秒を重ね続ける銃剣士と双剣士二人の戦いと、その突破口が来る場所を。
戦場の熱気より遠い静寂の空で、彼女は呼吸を整える。
直後。
昼日中のフィールドにあってなお眩き、地上にて瞬いた星が、月を穿つように飛んできた。
「……だあっ!」
星——凄まじき密度が濃縮された魔力弾を、全霊を以て足蹴にする。
滑らかなる身体の駆動、魔力の移動、見る者があれば感涙しよう。片足を失い崩れた重心をものともせず、腰を回し、腕を振り子に、全身で蹴りを放つ瞬間までは身体全体に魔力の加護を巡らせながら、インパクトの一瞬には、全てを脚先に移していた。
「んっ、ぎ、ぎ、ぎっ……!」
その絶技をもってすら、重い。
打ち合わせた時間は発射より十秒、弾かれれば失敗、このまま拮抗していても失敗。
「こ、れ、く、らい……っ! なんって、こと、ない……!」
志願したのは、誰か。
まだ使い物にならない初心者でも、この脚と一緒なら飛べる、と。腿を叩き、胸を張り——『アリーシャってば、誰かを背中に乗っけたくらいで落ちちゃうような、やわやわ兎じゃないから☆』と、他ならぬ、自分自身が言った。
奥歯を噛みしめ、翼で空に踏ん張り、徐々に脚が押されながら。
兎人は、叫んだ。
「頼りになるとこ見せなくちゃ! 勝ちへの責任、一緒に背負えないよね、おにいちゃん!」
心に浮かぶは、二年前の悔恨。
自分より高く、早く——面白く跳んだ相手の。
重りとなってしまったこと。
お守をされてしまったこと。
その地点から、今こそ跳ぶ。もう一度、全力で飛び立つ。
溜め続けてきたものを、爆発させて。
「う————あああぁぁぁぁぁぁっ!」
足の後ろで起こす無数の爆破。バフを攻撃力に全振りした状態ではそれを受け止めきれず、分霊は負傷していく。それでも彼女は爆破を止めず、脚を止めず、翼を止めず——。
「兎、魂ぃッッ! ファイっ、兎ォーーーーーーーーッ!」
蹴り飛ばした。
その反射軌道、狙いは正確で、ブレていない。
弾き飛ばしたもの。地上から来た星は、[魔道士/星撃]のスキル[超重砲撃]で凝縮された、ごく普通の魔力弾。
山なりに落ちる曲射操作もできなければ、遠距離狙撃もできない初心者の放った、しかし威力だけは一流と比べても遜色無い砲撃は、アリーシャを中継点に、最も落とすべき箇所へ飛んでいく。
「——さあ、跳ぶぞぉ! アリーシャの見せ場は、こっこからぁ!」
頭を下に、足を空に。彼女は身体を傾ける。羽ばたきと爆破、先天の能力と後天のスキルを組み合わせ——ただの天使でも兎人でも魔道士でも越えられない壁を越えて。
彼女は蹴り飛ばした魔力弾を追い越し、落下点へ一足先に到着した。
闖入と同時にかっさらう。胴体に腕を回して抱え飛び、離れた位置にある公園の生垣へ突っ込んだ。
もとい、避難を成し遂げた。
「ぶわふ、ぺっぺっぺっ。うきゅう、ちょぉっと締まんなかったかなあ……」
「——謙遜がすぎるな、それ。最高に輝いてたよ、お月様」
ほどなく、大きな振動がフィールドを揺らした。着弾した魔力弾が、プログラムされた時間通りに爆発したのだろう。ブルーバイトの前衛二人を、その破壊に巻き込んで。
「ここまではおおむね、作戦通りですな。外回りお疲れ様です」
がさりと、草むらから姿を現したのは……戦場には場違いなスーツ姿のダークエルフ・ドワーフ、[能芸士/商人]ゲンヌダーロ・平賀だ。その手には、大きなアタッシュケースを持っている。
「いやあ、疲れた疲れ。そっちの首尾はどう?」
「ぼちぼちですな。前衛が時間を稼いでくれましたおかげで、諸々稼がせていただきました。勝負はそろそろ後半戦突入の塩梅ですが、その前に、こちらご入用では?」
ゲンヌダーロがケースを開くと、中には数本の薬瓶が入っている……正確には、あと数本残っている、だ。既に半数以上が売れていることが、ケース内部の窪みでわかる。
「さすが、売り時を逃さないね。ほら、アリーシャも」
「遠慮しまーす。アリーシャの分はそっちで使って。本数少ないし、リジェネしてる暇ないし、それに」
枯渇しかけた魔力、損耗し、限界の近い分霊。
満身創痍の状態で、誇り高き淑女は、振り向いてウィンクした。
「もうひと輝き。魅せちゃいたいから☆」




