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47:青色ジェットコースター


 〈視点/ビル街:コンビニ内/新城千尋〉



 奇しくも、その状況は強弱の差、余裕の多寡で成り立った。

 一ノ瀬はそれが左右のビル屋上から現れた時には素早く察し、離脱を試みようとしたが……格上の相手との攻防に全神経を費やしていた新城は手を緩められず、結果、一ノ瀬を留めるに至る。


 そして、()()()()()()()()()()


「……っ!」

「なっ!?」


 瀑布ばくふ、晴天より落ちる。

 形状、現象、共に自然のそれではない。蓋を被せるような空洞の台形は、壁か、澱か、いや——カプセルだ。

 一ノ瀬と新城、両者の対応は、またも異なる。


鯱人オルカント


 一ノ瀬は、分厚い水の蓋……落ちてきた中に潜み、内部に渦巻く水流の勢いで飛び出してきた二人の二対、四本の刃を剣と盾で同時に防ぐ。


「[抜剣:あお]!」


 新城は、左手の銃剣に属性を宿し、深い蒼に染まった刀身を水の壁に撃つ。

 見極めは正確だった。

 戦闘に介入してきた水の蓋、その正体は[魔道士/水元素]のスキル、[境界の水門]。

 水で作られた壁の内側では激しい流れが巡っており、人も攻撃も通さない。


 だが、新城が放った蒼き刃は水壁をくり抜きながら断面を凍り付かせ、束の間のトンネルを形成する。

 彼は退路に飛び込めたが——二人の鯱人に狙われる一ノ瀬は間に合わない。

 そこでは、アクシデントが起こっていた。ヴォルケンノタスの攻撃、白い骨大刀の双剣を受け止めた彼女の剣は、突如罅が走り、粉砕されていたのだ。ヴォルケンノタス側の剣の一本、諸共に。


 それだけではない。

 一ノ瀬がよろめき、盾を取り落とし、束の間、動きが止まる。


「[穴穿ち]……勇者スキルの恩恵無効化。[貝殻砕き]……防御デバフ及び麻痺効果。まんまといいとこ取りされちゃいました。うふふ、御見事。覚えておいてくださいね」

「おとといきやがれ」

「お褒めに預かり、光栄です」


 ヴォルケンノタス(エース)は攻め笑い、ヒッショリノ(パートナー)は礼を守る。

 一ノ瀬が動きを止めた隙に、二人の鯱人は水流渦巻く壁に飛び込み、向こう側へ突き抜ける。その鮮やかさ、海に生まれず鰭を持たぬ、人間には不可能な芸当だ。


「武器は潰した、防御も抜いた! 俺らはヨソ向く、やれやあわいッ!」


 ヴォルケンノタスの要請に応え、水流の壁が内側へと凝縮される。

 壁は形態を変え、役割を変え、封印の箱となって一ノ瀬を包みこむ。


「水圧封印、一段成功。では青島様、次なるは“鎧”にて」


 ヒッショリノの指示を受け、水箱が更に外側から、透明に近い水で蓋の層が成された。

 それは、深海並みの水圧と大渦並みの激流に揉まれながらも脱出しかけていた一ノ瀬を、スライムじみた軟度と粘度、反撥性で押し戻す。


 ……そうして。

 勇者は、荒れ狂う流体の檻に閉じ込められた。


「オーケーオーケーオーケー! 聞こえてるよなァ一ノ瀬、手前の相手は最後だ、しばらく見物してやがれ!」


 ぎらり、と。

 二体の鯱人が、刀身を装填した銃剣使いの方へ向く。


「改めて言うぜ——久々だな、サウザンドキル! 今はセンパイのもてなしはナシだ、手前の未来、大海原に漕ぎ出したきゃあ、オレを干物にしてから往けや!」

「何卒宜しく。今日はウェイトレスではなく、貴方を沈めるウェイトとして相手しましょう」


 親しみと戦意の一繋ぎ。

 準備万端に状況へ闖入した鯱人二人は、波濤と化して獲物へ襲いかかる。


「ご丁寧にどうも、対戦よろしくお願いしますッ!」


 この急展開ジェットコースターこそ、幻想闘祭神器戦。

 戦況は変貌したが、勇者という怪物よりはまし……鯱人二人を前にそんな楽さは一切ない。


「よっ、とっ、たっ、とっ、はっ、はっ、かはははははははッ!」


 牙を剥き出し哄笑するヴォルケンノタス、二振りから一本となれど、刃の流れは澱まず。

 鯱人の本領は海中だが、地上の彼らもまた強靭。水の流れを感じ続けて幼年期を過ごす鯱人は、陸地に於いても身に収めた法則を忘れず、振るう剣技は流麗の一語に尽きる。


「腕を上げましたね、坊。気持ちも力もよく乗ってる。折角ですので、この場で稽古もつけましょう。しっかりついてきてください」

「上等ォ! アドリブまみれで行くぜ、ヒショ!」


 剣舞、二重奏。

 数の利による封殺。

 相手は無論、そこから脱しようとする。が、そうはさせない。

 ファンフェスには、スキルがある。


「っぐ……!」


 前後を挟まれる、致命的な位置関係だけは絶対に避けて立ち回る新城の、誰もいないはずの背後から斬撃が来る。それを、背側に回した銃剣の、無理な姿勢でどうにか弾く。


 発動したのは双剣スキル、[牙二本也]。

 攻撃の際、威力は落ちるものの、標的を反対側から挟む斬撃を出現させるスキル。

 強力だが、発動にはそれなりの条件がある。【持っている剣の片方が失われていること】だ。

 つまりスキル使用者は、一ノ瀬の剣と自分の双剣の片方を諸共砕いたヴォルケンノタス。


 彼があの時に用いたのは、武器破壊スキル[螺旋崩壊]である。

[螺旋崩壊]は極めてピーキーな攻撃強化で、武器の持つ力を最大以上に引き出した会心の一撃を放つ。武器に当たれば武器破壊、相手に当たれば強制的にアーマーを完全に削り、バリア無しの直撃なら即死級の大ダメージを与える。

 無論代償も大きい。[螺旋崩壊]での攻撃は、命中しようが外れようが自分の武器を対戦中修復不可能に破壊する。


 一か八かの大博打……しかし、何らかの方法で武器多数持ちのプレイヤーがこれを使えば、そのリスクは分散される。片方の武器を失っても、もう一方の武器が残れば、スタイルは変わるが闘いは継続できる。


 そして。

 ブルーバイトの前衛は、この状況からが本領だ。


「————!」


 猛攻の最中、後方に引いたヒッショリノが大魚の骨より鍛造した大刀を投げ、ヴォルケンノタスは当然のように後ろ手で掴む。

 双剣銃士に、冷や汗が滲んだ。


「来、る————っ!」


 一呼吸分の停止の後、ヴォルケンノタスは大きく踏み込んでくる。

 同じ双剣使いでありながら、両手に剣が戻った彼の攻めは、ヒッショリノの時より素早く重く——斬られることを全く恐れぬ、攻撃に偏重した前のめりだった。全身が更に、ほの赤いオーラを纏っている。

 そのリズムの変化に、新庄は辛くも追い付く。


「今ので崩れねェかよ! オレたちのスタイル、研究してんなあ新城ォ!」


 見立ては当たっている。事前に知らず、初見で防げるタイプの戦法ではない。

 ヴォルケンノタスのスキル構成は、以下の四つ。

 危険攻撃[螺旋崩壊]、スキルランダム封印[穴穿ち]、そして[夜明けのダンス]と[水魚の交わり・甲]だ。


「こっからは答え合わせだ! 対策が通用するか、たっぷり試してみろや!」


[夜明けのダンス]は、双剣専用のハイリスクな特殊バフ。

 剣が二つ揃っている時のみ使用可能、解除不可能な極度の興奮バーサーク状態になり、攻撃力や手数、速度が大きく底上げされる代わりにアーマーはゼロとなり、あらゆる攻撃からクリティカル判定を受ける。


「本当に楽しいよなあ! 全力で狩りができて、しかも、負けても命を落とさない・相手を本当には殺さないでいいとかよお! そんなの、やらねえわけあるか! どこまで危険に踏み込んだら戻れないか、見極める試しができるんだからな!」


 高揚に浮かれる主に合わせて、相棒も戻る。

 ヒッショリノのスキルは防御デバフと短時間麻痺の[貝殻砕き]と対照斬撃の[牙二本也]、そして彼女の役割の肝である[武魂継承]と[水魚の交わり・乙]だ。


[武魂継承]は、何らかの理由で自分がオーナーである武器が所有から離れている状態の時、その失われた分の攻撃力等が残った武器に上乗せされる。

 これにより、本来は一方でも失われた場合、パラメータにマイナス補正がかかる双剣のデメリットを打ち消しつつ、同じ双剣の間で武器の使い回しを可能としている。

 そして——最重要なのが、ヴォルケンノタスと合わせた、[水魚の交わり・甲乙]。


「やれやれ。うちの坊ときたら、まだまだヤンチャで冷や冷やします。育て甲斐があるといえばそうなんですが」

「おいおい、いつまでも子供扱いすんなよ!」

「背伸びするところが微笑ましい。そういうことはせめて、一人前の鯱人になってから言いなさいな」


 剣戟、重なり、増幅する。

[水魚の交わり]は、それ自体、単体では効果を持たない。

 その真価は甲・乙の所有者が、同じ対象を狙い、同じタイミングでの攻撃を、一定時間重ねた時。シンクロした二者は、互いのスキルを一部使用できる特殊状態になる。

 これを用い、ヒッショリノはヴォルケンノタスに[牙二本也]と[武魂継承]を提供……ただでさえ強いエースの、更なる底上げをしていたのだ。


 本来[水魚の交わり]は、発動条件の難しさから、戦術として採用できるほど確実性のあるものとは言い難い。それが実用できているのは、二人が息が合ったコンビである以上に、【血よりも濃い海水で繋がる】と言われる同種族共鳴を行う鯱人だからだ。


 幻想闘祭は、決して、真に平等なゲームではない。パラメータが底上げされ、同等のスキルを所有できようと――与えられたルールの外で、差は生まれる。

 だから苦戦する。苦悩する。苦難がある。各々の持ち物は違い、最適は異なる。


 そして、今。

 圧倒的な種族差に晒されながら、紛れもない敗北の縁に立たされながら。

 新城千尋は、やはり笑う。


「——ああ。これだから、ファンフェスって面白い」


 薄皮一枚の生に縋る少年、目に燃ゆるは絶えずの闘志。

 そんな彼を、拘束の水の中から——封じられた勇者が見つめている。



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