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第十二話(二)

 『鳴』――それは、僕がネット上で使っている名前。僕が香宮さんに隠しているもう一つの僕の姿。

 香宮さんが鳴を知っているのなら、その従姉妹である先輩が鳴を知っていてもおかしくはない。

 普段の香宮さんの様子から察するに、鳴について先輩に語っていそうだし。

 先程の見極めるような目は、僕と鳴の絵を比べていたのだろう。

 たかが一度見ただけで……と思わなくもないが、この先輩のことだ。僕の絵を見てピンと来たのかもしれない。変に勘が良い人だから。

 そして鎌をかけてきた先輩に、僕はまんまと引っかかったという訳か……。

 相手からさらりと情報を聞き出すなんてことは、この人にとって簡単なことなのかもしれない。恐ろしい……恐ろし過ぎるぞ先輩……。

 冷や汗が米神を流れる。体が硬直して、顔が引き攣った。

 そんな僕を見て何処か楽しそうな先輩が恨めしい。


「あははっ、引っかかったね、少年」

「……な、何のことですかね」

「おやおや、とぼけるとは見苦しいよ」


 ううっ、と僕は唸った。

 先輩の言う通りだ。

 決定打は先の僕の言葉だ。自身が鳴であることを肯定してしまったようなものだし、その後の僕自身の行動がそれに更に拍車を掛けてしまっていた。今更取り繕ったってもう遅い。

 何も言えない僕はただただ固まるしかなかった。

 不意に、ぷ、と先輩がふき出した。


「こんなのに引っかかるなんて、君は推理小説の犯人には向かないな」

「別に犯罪をおかすつもりはないので」

「私にとっては、私の可愛い可愛い従姉妹に真実を告げずにいる罪人だけどね」


 それについては反論できない。まさしくその通りだから。


「……そうですよ。僕が鳴です」


 僕は諦めるように肩の力を抜いた。探偵に追い詰められて自白する犯人はこんな気持ちなのだろうか。

 僕の自白に、先輩がニヤリと不敵に口元をつり上げる。


「潔いね。その潔さ、あの子にも見習ってもらいたいものだよ」

「……香宮さんに、言うつもりですか」


 こんな風にバレてしまうなら、自分から言っておけばよかった。黙ってないで、嘘を吐いていないで、香宮さんに「僕が鳴なんだ」と素直に告げておけばよかった。

 悪気はなかった。だますつもりはなかった。でも、結局はずっと嘘を吐いていた。僕が鳴であることを告げずに、鳴に憧れている香宮さんの側にいた。

 嘘を吐いていた僕を、香宮さんは嫌厭するかもしれない。それで話せなくなったらと思うと、今までのようにいられなくなったらと思うと、胸が苦しくなる。

 どんどん悪い方に考えることしかできなくて。

 僕は唇を噛んだ。


「ちょっと、本当に犯罪をおかしたような顔しないでよ」


 そんな絶望した顔を見て喜ぶ趣味は私にはないよ、と先輩が呆れた。


「全く、私が人の秘密をバラすような性格の悪い人間に見える?」

「見えます」

「即答か」


 いやだって、今までの行いを思い出してほしい。散々僕のことをからかってきたのだから、信用がなくても当然のことだろう。

 それに、香宮さんに秘密があることを僕に教えたのも先輩だし。尤も、その内容を話すことはしなかったけど。

 眉根を寄せた僕に対して、先輩は小さく肩をすくめただけで特に憤慨した様子はない。


「まあ、私も自業自得か。でも、安心して。言わないから」

「……言わないんですか?」

「言ってほしいなら言うけど」

「言わないでください」


 またしても即答する。


「わかった、言わないよ。まさかねぇと思って、何となく鎌かけてみただけだし」


 先輩の笑みは、犯罪者というよりも極悪人のそれだった。

 というか、何となくで鎌をかけるなよ。僕にとっては一大事なんだぞ!


「でも、これでわかっただろう?……いや、君も本当はわかっているはずだよ。ずっと黙っているのは大変だってことをね。言うなら早いうちに言っておいた方が良いと思うけどね」


 ――まあ、それはお互い様か。


 先輩がぼそりと零した。その呟きの意味は僕にはよくわからなかった。

 一瞬目を閉じ、そしてぱっと開けた先輩が突然ぱんっと両の手を叩いた。びくりと僕の体が反射的に揺れた。

 何だ何だと目を瞠る僕を、先輩がビシリと指差す。


「そんな君にビッグチャーンス!」


 じゃじゃん、という謎の効果音とともに先輩が僕の目の前にスマホを掲げてきた。

 それは、この県でも有名なとある動植物園のホームページだった。カラフルな文字と動物や植物の写真がそこに載っていた。


「何ですか、これ」

「この前テレビでここの向日葵畑の特集をやっていてね。その時、行ってみたいなーって日咲ちゃんが言っていたんだよ」

「へぇー……」


 向日葵畑、か……。確かにやたらと僕に向日葵の絵を所望してくる香宮さんなら憧れそうな光景だな。

 そんなことを考えながらうんうんと頷いていれば、先輩が爆弾発言をしてきた。


「という訳で、高瀬くんよ。日咲ちゃんを誘って植物園に行きなさい」

「……は?」


 咄嗟に出た声は思い切り裏返った。普段なら羞恥心を抱くだろうが、今はそんなことを気にしている余裕なんてなかった。

 今、何て言った?誰が、誰を、何処に誘うって?


「君が」

「僕が」

「日咲ちゃんを」

「香宮さんを」

「植物園に誘うのだ!」

「何でだよ!」


 一体何言ってんだこの人!

 敬語も忘れ突っ込めば、先輩が不服そうに体を揺らす。


「えー、高瀬くんが鳴だってことを日咲ちゃんに打ち明けられるようにと思ってのことなのにー」

「いやいや面白がっているだけだろ!」

「あはは、そんなことないよー」

「うっわこれ絶対に面白がっているな畜生っ!というか、別に場所なんて何処でもいいでしょう!」


 叫ぶ僕にチッチッチッと先輩が指を振る。


「女の子にとってムードはとても大事なものなんだよ。日咲ちゃんが向日葵畑ではしゃいでいる時に、さらっと打ち明けちゃえばいいんだよ」

「簡単に言いますけどねぇ……」

「ついでに告白しちゃいなよ」

「何でだよ!」


 いやほんと、一体何言ってんだこの人!


「えー、だって、高瀬くんって日咲ちゃんのこと好きなんでしょう?」

「好き、とか今関係ないし……」

「好きなんでしょう?」

「……」


 肯定も否定もできずに黙り込む。「ひゅーひゅー」と下手な口笛を吹いてきた先輩が憎たらしい。畜生、この性悪め。


「いつもここで絵を描いているんでしょ?それの延長だと思えばいいんだよ」

「そう言われても……」


 簡単に言わないでほしい。こっちにはこっちの都合というものがあるのに。


「それじゃあいつまで経っても君は言えないでしょ」


 悲しきかな。僕もそう思う。

 まるで出来の悪い弟を見るような眼差しを向けられて、僕は萎縮した。


「じゃあ、言い方を変えようか。日咲ちゃんを植物園に誘いなさい。さもなくば、君が鳴だということをバラす」


 先程とは全然違う低い声。高圧的に腕を組み、僕を見る眼差しは冷たい。

 脅している。先輩は、僕を脅しているんだ。脅して、僕を奮い立たせようとしている。

 そう理解して、自分が情けなくなった。同時に、先輩にこんな言い方をさせてしまって申し訳なく思った。


「……わかりました。誘います。香宮さんを誘って、僕が鳴だということをちゃんと打ち明けます」


 背筋を伸ばして、僕は言う。

 満足そうに先輩は頷いた。


「そうこなくっちゃ」


 上機嫌にパチンと指を鳴らした後、先輩がささっと自身のスマホを弄る。

 それを耳に当てた時、僕は嫌な予感がした。


「あ、日咲ちゃん?明実だけど。今、虹文堂にいるんだけどさ……え?いやいや、迷惑なんてかけてないって」


 予想通り通話の相手は香宮さんのようだ。

 というか、迷惑かけていないかをこの場にいない香宮さんに訊かれるなんて……そういうことですよ先輩。


「あのね、高瀬くんが話したいことがあるんだって。今かわるねー」


 心の中で薄く笑っていたら、スマホを差し出された。「え、僕?」と自身を指差して問えば、こくりと先輩が首肯した。

 ぐいっとスマホを押し付けられ、反射的にそれを受け取る。慌てて突き返そうとすれば、「いいから出ろ」と言わんばかりに睨まれた。


 ……わかりましたよ。


 圧に負けて、僕は恐る恐る自分の耳にスマホを当てた。


「……もしもし」

「あ、もしもし高瀬くん?」


 いつもより近くに聞こえる声。でも、実際に香宮さんはここにはいなくて。いつもより距離は遠い。


「大丈夫?明実ちゃんが迷惑かけて……なくはないよね」


 ごめんねと香宮さんが謝る。良い子かよ。いや、良い子だな。


「香宮さんが謝るようなことじゃないよ」


 僕は諸悪の根源である先輩をちらりと見た。

 僕の視線に気づいた先輩は、「早く言え」と顎で指示してきた。


 ……ああもうわかりましたよ!


「あのさ、香宮さん」

「何?」


 目の前に香宮さんがいるわけでもないのに緊張して手に汗が滲む。どくんどくんと鼓動が五月蠅く聞こえる。

 ええい、男は度胸だ!

 一つ、深呼吸をして、僕は意を決して告げた。


「もし良ければ、今度一緒に、植物園に、行きませんか?」


 言った。言って、しまった。緊張のあまり途切れ途切れだし、何故か敬語になってしまった。

 もっとスマートに誘えよな……かっこ悪……。

 あまりにも情けなさ過ぎて一人で落胆した。


 ……でも、言えただけ偉くないか?偉いよな?あの話しかけられなかった頃に比べたら、自分にしては成長したよな?うん、成長した。成長したよ!


 と、なけなしの自尊心で自分自身を鼓舞する。何てことない。ただの現実逃避である。

 その間も、香宮さんからの返答はない。

 え、通話切れてる?

 耳からスマホを離して画面を確認してみたが、通話は切れていない。

 良かった……いや、良くない!香宮さんからの返答がないんですけど!

 視界の端で先輩がぷるぷると肩を震わせている。ちょっとそこ!何笑っているんだよ!

 笑いを堪える先輩を怒ることもできず、香宮さんに何て言葉を掛けていいのかもわからずに焦っていると、小さな小さな吐息のような声が聞こえてきた。


「……わく」

「え?」

「……高瀬くんに、迷惑、かけるかもしれないから」


 だから、その、……。

 香宮さんは途中で口を閉ざした。

 僕と出掛けるのが嫌だからそういうことを言ったのかもしれない。

 一瞬そう考えたけど、でも、そうじゃないと直感的に思った。

 僕と植物園に行くのが嫌なんじゃなくて、僕と植物園に行って僕に迷惑をかけるかもしれないことに香宮さんは悩んでいるのではないか、と。


「香宮さんは、僕と植物園に行くのは嫌?」


 こんな言い方かをするなんてちょっと意地悪かもしれない。

 そう思いつつも僕は訊く。案の定、香宮さんは慌てて否定した。


「い、嫌じゃないよ!」

「向日葵畑見たくない?」

「見たい、です」

「思う存分スケッチしたくない?」

「スケッチしたい、です」

「それなら行こう。向日葵だけじゃなくて、一緒にいろんな植物をスケッチしよう」

「……うん」


 よし、言質は取った。誘導したようで申し訳ないけど、ちゃんと取ったからな。


「日時とか待ち合わせ場所とか詳しいことは後でメール送るから」


 それじゃあ、先輩にかわるね。

 スマホについてしまった汗をさっと拭いて、僕は先輩にスマホを返した。


「そういうことらしいから……うん、うん。それじゃあ、また後で」


 ぷつりと先輩が電話を切れば、一瞬にして店内が静まり返った。

 先輩はスマホをしまって、「よくできました」と両手を叩いて僕を褒めた。


「君にしては頑張った方じゃない?」

「……あの、馬鹿にしてます?」

「さあ、どうだろうね」


 先輩がふふんと鼻で笑う。あ、これは馬鹿にしてるな。

 むっとして先輩に何か言ってやろうと口を開いたちょうどその時、来客を告げる鈴の音がした。

 開きかけた口を、いらっしゃいませ、とそのまま挨拶に変える。


「ではでは、接客の邪魔をしたくはないので私は帰るよ」

「邪魔している自覚あったんですね」

「君は私を何だと思っているのさ……まあ、いいか」


 それじゃあね。

 ひらりと手を振って、先輩が出口へと向かう。咄嗟に僕は呼び止めた。


「先輩」

「ん?」

「ありがとう、ございます」


 背中を押してくれて。香宮さんと向き合う機会をくれて。

 先輩は目元を緩め、優しく微笑んだ。


「頑張りなさい」


 そして、先輩は帰って行った。

 途端に何だか寂しく感じたのは錯覚ではないだろう。

 ぼうっと突っ立っていると、「あのぅ」と声を掛けられた。


「絵の具って何処にあります?」

「あっ、こちらです」


 慌てて接客に専念する。お客さんの案内をしつつ、けれど、頭の中は今度の植物園のことでいっぱいで。


 ……何を着て行こう。


 たくさんの絵の具が陳列されているカラフルな棚を眺めつつ、自分の部屋のクローゼットの中身を思い出す。

 男でも、それ相応に服装について悩んでもいいはずだ。

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