第十一話 夏休み
夏休み。その言葉を聞くだけでテンションが上がってしまうのは僕だけじゃないだろう。
だが、休みとは名ばかりでその中身は補習に部活に課題のオンパレード。何だかんだで普通に授業がある日の方が楽なのでは……と思ってしまう。
午前に補習。午後に部活。そして、夜は待ちに待った七夕祭り。
今頃七夕祭りを楽しんでいるであろう友人たちはさぞかしはっちゃけていることだろう。
だが悲しきかな、その中に女子は一人もいない。花より団子な野郎ばかりで構成された何とも残念なメンバーである。
事実、焼きそばやらフランクフルトやらかき氷やら、屋台で買った食べ物の写真ばかりがさっきから送られてきている。『補導されるなよ』と注意すれば、『お前はおかんかよ!』と返ってきた。
「誰がおかんだ誰が」
クーラーの効いた自室で僕は一人突っ込んだ。
まあ、友人たちが夏休みを満喫しているようで何よりである。
その後も軽い遣り取りをして、区切りがついたところでゆっくりとスマホを傍らに置く。
「さてと……」
タブレットへと視線を向ければ、そこに映し出されている線画が目に入った。
浴衣を着た男女。金魚すくいや水風船、りんご飴、わたあめ、かき氷などの様々な屋台。そして、たくさんの吹流し飾り。
ここ最近取り組んでいて、漸く完成した線画だ。自分で描いておきながら、少々詰め込み過ぎたかなと苦笑いを零す。
「これに色を付けていくのか……ははっ、大変だなぁ」
そう呟きつつも、それが楽しくて仕方がないのだから我ながら始末に負えない。
夏休みの過ごし方は人それぞれ。友人たちのようにイベントに参加して夏を満喫している者もいれば、僕のように夏だからこその絵を描いて夏を満喫している者もいる。
微かに聞こえてくる祭囃子の音や人々の声を聞きながら、僕は画面の中に描かれつつある『七夕祭り』と対面する。
タッチペンを手に取って、「さあ、塗るぞ!」と意気込んだその時、再度スマホが鳴った。
「……おいおい何だよ」
思わず不機嫌な声を零してしまった。
友人たちがまた何か送ってきたのだろうか。絵を描くための資料が増えるのはありがたいことだが、思い切り出鼻を挫かれた気分だ。
悪態を吐きつつ、握っていたタッチペンを置く。代わりにスマホを取れば、メールが一通届いていた。
でもそれは友人たちからではなくて香宮さんからだった。
差出人の名前を見て僕の機嫌がころりと直る。チョロいな、と自覚はしている。自覚はしているのだけど、律しようとして律せられるものではないので致し方ない。
連絡先を交換して以来、香宮さんとは度々メールを送り合っている。
女子といえば絵文字やら顔文字やらをたくさん使うイメージだったのだが――事実、使っている人はこれでもかというぐらい使っているらしいのだけれど――香宮さんは違った。
絵文字はないし、極稀に顔文字が使われているだけ。あと、何故か時々敬語になる。それがある意味香宮さんらしくて微笑ましいんだよな……って、今はそれは置いておくとして。
メールの内容は、「小テストの範囲何処だったっけ?」と僕が訊いたり、「明日当たる問題が途中までしかわからないんです!お願いです!解き方を教えてください!」と香宮さんに泣きつかれたりなどといったそんな取り留めもないことだ。
友人たちともする遣り取り。でも、友人たちとは確実にしない内容があって――
『鳴さんが新しい絵を投稿していたよおおぉ――!』
絵文字も顔文字もないシンプルな文面。けれど、テンションの上がった香宮さんの声が脳内で木霊した気がした。
送られてきたメールをまじまじと見つめるがその内容が変わることは勿論なくて。
つい五分程前に『七夕祭り』とは違う絵を投稿したばかりだったのだが、香宮さんはもうそれに気がついたらしい。
「おいおい、さっき投稿したばっかりだぞ……」
香宮さんの反応の早さに思わず顔が引き攣った。
流石というか何というか……。
そう、香宮さんとはして、友人たちとはしない内容。
それは、好きな絵を見つけたら教え合ったり、好きな絵描きさんがいたら教え合ったり……まあ、顔を合わせて話している時とこれといって変わらない内容だ。
自分の好きなことについて語り合えるのは嬉しいし、自分の好きなものを肯定してもらえるのも嬉しい。
でも、香宮さんから鳴の名が出る度にドキリとしてしまう。
「心臓に悪いんだよなぁ……」
それがたとえメールであろうとも、だ。
香宮さんは好きな絵描きについて話しているだけかもしれないが、僕にとっては自分について話しているという訳で。
直接対面して話している時よりはマシだがやはり恥ずかしい。鳴を褒め称えるということは、自分自身を褒め称えるということになるから。
勿論、僕は決してナルシストという訳ではない。上には上がいると重々理解していますとも。
でも、悲しきかな。自分が鳴であることを打ち明けられない僕は、香宮さんが鳴の絵を褒め称えるのに相槌を打つことしかできない。
あまりにも否定したら勘ぐられるかもしれない。そう思うと、下手に発言することもできない。
本当は「全然そんなことないから!」と声を大にして叫びたいのだけども、それを実行に移せるはずもなく……いや、褒められるのは全然嬉しいんだけど、さ。やっぱり恥ずかしさがあってだな……。
兎にも角にも、鳴の話題になった際は、身バレしないように、ボロを出さないように、顔に出ないように、淡々と受け答えするように徹している。尤も、今はメールで遣り取りをしているが故に顔に出ても問題はないから気が楽だ。
だが、一瞬の油断が命取りになりかねない。注意しつつ、今日も今日とて当たり障りのない返答を打とうとしたら、続けざまにメールが届いた。
『ブックマーク完了!保存完了!高瀬くんも、好きだなと思った絵はちゃんと保存しておくんだよ!消されるその前にね!』
やけに力がこもっている。どうやら香宮さんも好きな絵がいつの間にか消されていて絶望を味わった経験者の一人のようだ。その気持ちはわかる。わかるんだけど、自分の絵が誰かのスマホに保存されているのだと思うと、嬉しいような恥ずかしいような……。
『勿論、著作権の侵害はダメだよ!』
「わかってますよ、っと」
無断転載、ダメ、絶対。
僕は今のところ被害には遭ってないが、晒しとか自作発言とかされた人もいるし、やはりサインを書いておくとか、何かしら対策をした方がいいかもしれない。画像の保存は別に構わないけど、苦労して描いた絵を知らない人に無断で使われるのはやっぱり嫌だ。
香宮さんからのメールを眺めつつそんなことを思案していたのだが、ふとある言葉が目に付いた。
「ブックマーク……」
はっとあることに気がつき、画面に映し出されている絵をぱっと閉じる。因みに、その際にちゃんと保存はした。こまめな保存は大事だ。描いている途中で画面が固まった時の絶望感といったら……って、今はそんなことを考えている場合ではなくて!
投稿サイトを開いて、慣れた手つきでログインする。
僕は先程投稿したばかりの絵をブックマークしているユーザーの一覧を見た。
――もしかしたら、この中に香宮さんがいるのかもしれない。
そう思ったが、よくよく考えてみたら香宮さんがブックマークの設定を非公開にしているかもしれないという考えに至って、早々に香宮さん探しを諦めた。
非公開設定でのブックマークは、誰がブックマークしたかわからないようになっているからだ。それがたとえ作者である僕だとしても、である。
それに、自分の身バレを恐れているくせに、香宮さんのネット上でのアカウントを探そうなんてそんなこと許されるはずがない。
『すみませんでした』
罪悪感のあまり思わず打ってしまった謝罪の言葉に、香宮さんから疑問符が飛んできたのは言うまでもない。




