第六話(二)
テスト範囲が発表されて、約束通り、勉強会は開かれた。
場所は僕の家。教室だと馬鹿騒ぎをする人もいるため集中できない、図書館だと静かにしないと追い出されてしまうという理由からそうなった。
こうして見ると、人に勉強を教える時、みんな何処で勉強しているのだろうかと疑問に思った。
どう教えたらわかりやすいかを、頭をフル回転して模索する。
香宮さんに教えて、彼女がその問題を解いている間に、僕は他の問題を解いていく。
自分の勉強時間が削られているという気持ちはなかった。香宮さんに教えるのは所詮一、二時間程度のことで、彼女が帰った後に一人で勉強する時間はちゃんとあったから。元より、そのせいでテストの点数が下がったなんて言い訳するつもりはないし。
「ごめんね、高瀬くん。わたしのせいで貴重な時間を使わせてしまって……」
だから、そんな申し訳なさそうに言わないでほしい。
「気にしないで。人に教えるのって結構自分のためになっているんだよ。ああ、自分もここがわからなかったのかーってわかるし」
人に教えるには、まず自分が理解していなければならない。理解して、相手にもわかるように教えることによって、更に自分の理解を深められる。だから、こうして香宮さんに教えることは、僕にとってもプラスなのだ。
「高瀬くんは優しいね」
「……それは、どうだろう」
無邪気な笑みを向けられて、視線を逸らした。
何故なら、少なからず下心はあるから。
僕も男だ。女の子と二人っきりで勉強会なんて、男としては一度は憧れるシチュエーションである。
先に言っておくが不埒なことをするつもりはない。ここは居間。父さんだって店にいる。尤も、たとえ僕の部屋であろうとも、父さんが店にいなくても、そんなことしようとは思わないけど。
だけど、もう一度言うが僕も男だ。邪な感情が溢れる時だってある。
でも、香宮さんがあまりにも真剣に勉強しているから、そんな感情を抱くことすら悪いことのように思えた。「去れ、煩悩!」とすぐさまそれを追い払い、僕は勉強に集中するのだ。
そんな僕の感情など露知らずの香宮さんは、最初は緊張していたようだけど今となっては何も警戒することなく素直に訊いてくる。
ちょっと、もう少し警戒心持って!
と、僕が何度心の中で叫んだことか。
「解けた!」
それでも、嬉しさが滲む声が聞こえてくると僕も嬉しくなる。それに、嬉しそうに目を輝かせる香宮さんが可愛いなと思った。
香宮さんは暗記モノはまあまあ得意とのことだったから、当初の約束通り数学を重点的に教えることにした。
数日経ってわかったことは、どうやら彼女は一人で勉強するよりも誰かと勉強した方が集中できるタイプの人間だということだ。
「やっぱり一人で勉強していると誘惑に負けてしまうからかな」
「誘惑?」
「一人だと息抜きと称してプリントに落書きしたり、小説を読んだりしちゃうから」
「ああ……」
わからないこともない。
高校生になってスマホを持った今、更に誘惑は増えた。親が部屋を除いた時、漫画本だと隠さなければならないが、スマホならさっと画面を閉じて、何食わぬ顔で勉強していたふりをすればいい。
落書きだって紙に描いていたら消しゴムで消さなければ証拠隠滅できないが、今はスマホアプリで絵が描ける。同じく画面を閉じればいいし、証拠隠滅も指一本でできるから楽だ。
まあ、そうして誘惑に負けた結果があの中間テストという訳なのだろうけど。
香宮さん曰く、「ここまで酷いことになるとは思わなかった」らしい。
何とかわからないところを理解しようとするものの、自分一人では限界がある。先生やクラスの誰かに訊けばいいのだろうが、香宮さんはなかなかそれができないようだ。
「香宮さんって遠慮深過ぎない?」
「遠慮深いって訳じゃないんだけど……人に訊くのがちょっと苦手で」
ぼそぼそと呟かれた言葉に、僕はそれに相槌を打った。
その気持ちも何となくわかる。積極的に訊きに行く人もいるけど、僕も職員室まで訊きに行こうとは思わないし。
質問していいですよと先生がスタンバイしていたとしても、人が集まっていると「まあ、いいか」と思ってしまうのだ。
「僕も人に訊くのは緊張感するよ。人の時間割いてまで訊くのもどうかと思うし、迷惑なんじゃないかって思っちゃうし……あ、僕には気軽に訊いてくれていいからね」
「……ありがとう」
それじゃあ早速。
問題集を見せてきた香宮さんに、僕は苦笑いを零した。
*
「平均点超えましたー!」
万歳をする香宮さんに僕は拍手を送る。
「おめでとう」
「高瀬くんのおかげだよ。ありがとうございました!」
「いえいえ」
香宮さんが丁寧に頭を下げる。前回よりも上がった点数とその結果に、講師役の身として僕はほっと胸を撫で下ろした。
因みに、僕の結果は上の上だったとでも言っておこう。
「お礼に、お店の売り上げに貢献するね!」
そう言って香宮さんは店内を散策し始めた。そんな彼女に僕は苦笑する。
「ただ単にテスト終わって絵が描きたいだけじゃないの?」
指摘すれば「バレたか」と香宮さんが少し照れくさそうに頬を掻いた。




