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18 露わになる本性

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 あまりの急展開に、理解が追いつかない。事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。


「見返りを期待したから、僕は一色さんを助けたわけじゃない。僕はただ、君が米田に傷つけられ、苦しむ姿を見たくなかった。その一心だったんだ」

「でも……」


 艶めかしい笑顔とともに、彼女は僕の腕をとった。控えめながら弾力のある胸の感触に、僕の心拍数は上昇した。

「私は、浅井さんにとても感謝しているんです。直樹君のことを打ち明けられたのも、浅井さん以外にはいません。何もせず、ただ泊めてもらうというわけにはいきません」


 出し抜けに、一色さんは僕に抱きついた。真正面からの、ストレートな愛情表現だった。

「直樹君のところには、もう帰りたくありません。迷惑かもしれませんけど、しばらくここにいさせてもらえませんか? 浅井さんのためなら、私、何でもしますから……」



 戸惑う気持ちは大きかった。だが、いつまで男としての本能に抗えるか分からなかった。

 米田の前では、いつもこんなことをしていたのだろうか。ふとそんな想像をすると、嫉妬に似た感情が湧き上がってきた。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 今や、一色さんの体は僕と密着していた。そして、二人のすぐ側にはベッドがある。

 何か理由をつくって断ろう、と最初は思った。けれど、適当な理由が思いつかない。彼女自身、米田との関係を事実上解消するつもりなのだ。それなら誘いに乗っても良いんじゃないか、という考えが頭をもたげた。


「駄目ですか?」

 濡れた瞳で、一色さんが僕を上目遣いに見る。

「いや、そういうわけじゃないけど、その……」


 意味をなさない台詞をもごもごと吐き、僕は視線を逸らした。今の彼女はあまりに官能的で、僕の知っている一色さんではないかのようだった。

 何とはなしに目を落とした拍子に、僕の視界に飛び込んできたものがあった。それが僕に冷静さを取り戻させ、一時の気の迷いから抜け出させた。


 思わず、僕は一色さんを突き飛ばしていた。



「きゃっ」

 可愛らしい悲鳴を上げて、彼女は尻餅をついた。頬を膨らませ、僕を睨みつけてくる。目の縁には涙さえ浮かべていた。


「ひどいじゃないですか、浅井さん。私を助けてくれるんじゃなかったんですか」

「演技が上手いね。でも、もう騙されないよ」

 華奢な身体を震わせている一色さんに、僕はあえて冷たい言葉を投げかけた。そして、彼女の足を指差した。


「駅で会ったときには、足に赤く腫れた箇所があったはずだよね。けど、今は……」

 はっと息を呑み、一色さんは恐る恐る自分の足を見た。あとは言わなくても分かるはずだった。

 まるで滲んだ絵の具のように、そこには薄い赤色が残っているばかりだった。どう見ても、それは叩かれてできた傷ではなかった。



「どういうトリックかは分からないけど、多分君は、自分の体に偽の傷跡を刻んだんだ。そして、米田から暴力を受けているように見せかけた。そうなんだろう?」

 この間読んだ推理小説さながらに、僕は容疑者の一色さんを問い詰めた。彼女は深くうなだれ、黙り込んでいた。先刻までの妖艶な笑みは、どこにもない。


「君に抱きつかれたときに、バスタオルが僅かにめくれていたんだ。傷がぼんやりと消えかけているのが見えて、おかしいと気づいた。この短時間で傷が治るはずがないし、何より、傷跡の消え方が不自然だった」

 話しながら、僕は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたと思う。


 足の傷が偽物なら、最初に気がついた手首の傷だって、本物かどうか怪しい。あれもまた、僕を騙すための材料だったということか。

 桐木の言う通りだった。僕は最初から、一色さんの事情に踏み入るべきではなかったのだ。同じ女性として、桐木は彼女の中に秘められた危うさに気づいていたのかもしれない。喧嘩別れのようになったことが悔やまれた。


「……でも、分からないな。何故一色さんが、こんなことをしたのか」


 僕に分かるのはここまでだった。あとは、彼女自身が真実を語ってくれることを祈るしかない。

 不意に、一色さんがくくっと笑い声を漏らした。僕を嘲っているような笑い方だった。そんな残酷な表情を、彼女はこれまで一度も見せたことがなかった。


「単純なことですよ。直樹君に飽きたから、それだけです」

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