第1章その1
「なー」
桜咲高校2年Bクラスの窓際の一角にて、隣に座る暑苦しい少年が話しかけてきた。
「ん?」
葵が声に振り替えると、ガシッと筋肉質な腕が首に巻き付いた。
「やめろ。俺にそっちの気はないんだ。お前の気持ちはうれしくもなんともない」
抗議の声をあげるが腕の力は弱まることはない。別に苦しくもないのでそこまでキツイ、とかではないが、今は5月も下旬。たださえむさ苦しいやつが腕を巻き付けてきているのに、気温のほうも夏に向けて暑くなってきている。かわいい女の子でもない限り近づかれたくない。
「俺にもそっちの気なんかねえよ! 気持ち悪いことを言うな!」
「先に気持ち悪いことをしてきたのはそっちだろ。いい加減離せよ」
「んなことよりさ……」
葵の言葉なんて聞く耳を持たない、というようにスポーツマンな少年――峰岸はさらに顔を近づけてきた。
「……なんだよ」
「俺が座るここって、いわゆる主人公席っていうやつだよな」
「……まあ、そうかもな」
峰岸が座るのは窓際の一番後ろの席。異能学園モノの漫画とかなら主人公が座っていそうな場所だ。しかし、最近の主人公ってもう少し無難な席に座ってたりする気もする、とも思ったが口には出さずにおいた。
「だが、だ」
「……」
太い腕をまるで演説するかごとく突き出して峰岸は続けた。
「なぜ転校生はこっちに来ない!」
峰岸の潤む瞳の先には、先ほど朝のホームルームで紹介された時期外れの転校生の少女がいた。
転校生に興味津々なクラスメイト達に囲まれて矢継ぎ早に質問を飛ばされている彼女の名前は、赤羽朱莉。
美少女という言葉は彼女のためにある、と言わんばかりの可愛らしく笑顔の似合う容姿。スタイルは少しスレンダー気味ながらも将来的に期待できるバランスのいい肢体。髪は肩までのを頭の片側に結んだ、いわゆるサイドテール。
まあ、これが漫画やアニメだったら、ヒロイン役にでもなって主人公の恋人になったりでもするんだろう。
「……お前の席と赤羽の席が離れているからだろう」
「うるさいッ! 俺はそんな冷静な分析が聞きたかったんじゃない!」
「いや冷静ていうか、見れば誰だってわかんだろ」
「いいか! ヒロインていうのはな! 主人公と赤い糸で結ばれてるもんなんだよ! だから転校してきたからにはいやでも俺の隣の席に座るべきだったんだ!」
「俺の話は聞かないんだな、っていうツッコミは置いとくとして言ってることがもうストーカーだな……」
葵の首をがくんがくん揺すりながら峰岸の演説は続く。
「なぜ彼女は俺の隣に座らなかったのか! 理由は明確だ! 俺の隣の席にはお前が座っていたからだッ!」
「責任転嫁も甚だしいな……。俺何も関係ないだろう……」
「いいか! お前は気の利く友人そのAとして、『あ、じゃあ俺席ゆずりますよー』とか言ってそこの席をどければいいんだ!」
「だったら登校途中に赤羽と曲がり角でぶつかったりしてくるんだったな」
「ぐああああ! この世に神はいないのかああああ!」
と、言いたいことは済んだようで峰岸がようやく首を解放してくれた。
葵は改めて赤羽朱莉のほうを見やった。
クラスメイトの質問に一つ一つ丁寧に答える彼女の笑顔は何故か嘘っぽく見えた。
★ ☆ ★ ☆
時間はお昼休み。
「……おい、葵」
「ん」
また峰岸が話しかけてきた。購買からの帰りらしく手には焼きそばパンとイチゴ牛乳。正直その組み合わせはどうなんだろう。
「お前今日は弁当どうしたんだ?」
「あー、鞄に入れたつもりだったんだけど、どうやら忘れたっぽい……。今日は金も持ってきてないし、どうしよ」
「……はあ。よかったな、愛されてて」
「?」
言葉のわりに峰岸の言葉はテンションが低めだ。というか人が弁当を忘れた、っていう話なのによかった、とは何とも薄情な奴だ。
峰岸はくいっと親指を後方、今自分が歩いてきた方向――教室の入り口のほうへ向けた。
「――藍」
そこには果たして葵の最愛の妹、青井藍がいた。
「どうした藍?」
葵が教室の入り口のほうへと向かうと、藍が上級生の学年に来て照れているのだろう赤い顔をこちらに向けた。
「……おにぃ、これ」
両手で藍がこちらに差し出してきたのは、
「あ、弁当。持ってきてくれたんだ。ありがとな」
葵が家に忘れてきたはずの弁当だった。どうやら忘れものに気づいた藍が持ってきてくれたらしい。
差し出された弁当を受け取ると、藍が自分の頭をこちらに寄せてきた。
「……ん。……ほめるといい」
「……ここでか?」
「……ん」
「……いや、でも人の目が」
「……ん!」
藍が少し強く抗議するように頭を寄せる。
「……ほら、あっちで峰岸が歯ぎしりしながらこっち見てるし」
「…………うぅ」
今度は藍が悲しそうな声を漏らしながら頭を引っ込めようとする――
「ああッ! もう判ったよ! すればいいんだろう? すれば!」
――その頭を葵が少し荒っぽくなでてやる。
「……ん♪」
それでも藍はうれしそうな声を漏らすのだった。
葵が自分のクラスに戻る妹を見送って、自分の教室に戻ろうとすると、同じように教室の前に立っていたらしい赤羽と目が合った。
「…………」
その表情には朝浮かべていたような笑顔は一切なく、一瞬で顔を逸らされた。こちらを何やら値踏みするようなそんな表情をしていた気もするが、一瞬しか顔が見えなかったので確証は持てない。そんなもやもやした気持ちのまま葵は放課後まで過ごすことになった。




