プロローグ
後悔先に立たず。
今、青井葵の脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。
「う、ぐぅ……はあ、はあ……」
葵は疲れた体を半ば引きずるようにしながら、体育館の端まで行き寄りかかる。
少しも気が抜けない。
気を抜いたら最後、失うのは自分の命だ。
「はあ、はあ……。……来るか?」
本館から体育館に続く渡り廊下のほうからコツーンコツーンと、ハイヒールでこちらに向かう相手の足音が聞こえてきた。さっきまで葵が殺し合いという名の対峙をしていた相手だ。
「あーッ! ちくしょう! ……どうしてこんな目に」
恐怖をごまかすように葵は大きな声で嘆いた。
そうだ、もとはと言えば昨日の自分が夜に家を抜け出したりしなければ。学校に忍び込もうなんて思わなければ。いやもっと前を言えば、夜に漫画なんて読まずに寝ていれば……!。
葵の頭をそんな後悔の言葉ばかりが埋め尽くしていく。しかし、
――後悔先に立たず――
今さら後悔してももう遅い。
コツーンコツーンという足音は、だんだんと近づいてくる。
今は真夜中のため、光の届かない廊下にいる相手は見えないが、相手からは月明かりに照らされた体育館にいる葵の姿は見えているだろう。
コツーンコツーン……。
ついに相手が体育館に入ってきた。
ゴクリ……。葵ののどが無意識のうちに鳴った。
足音の主は――ついに月明かりに照らされて見えるようになった、フリルだらけの可愛らしくしかし動きやすいドレスを身にまとった少女は、いつでもお前なんか殺せるんだぞ、というかのように余裕たっぷりのペースで、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
バクバクと心臓がうるさいくらいに鳴る。
「――追い詰めたわ。これで最期よ」
少女は5メートルくらい離れた場所で止まると右手に持ったステッキをこちらに向けてきた。ピンク色の星形のクリスタルのようなものが先端についていて、こんな場合なのにもかかわらず葵の脳裏には、魔法少女――なんて言葉が浮かんできた。
本当に危機感がないよな……。しかし実際5メートル前の少女はよく日曜の朝とか、深夜によく見た魔法少女をそのまま連れてきたような姿だった。
しかも恐らくあまり間違ってない。さっきまで少女の持つステッキから出る炎やら光やら雷やらに攻撃されていたのだ。経験者は語る、というやつだ。
だからこそステッキを向けられた瞬間、葵の体は凍り付いたように動けなかった。魔法でではない。恐怖でだ。
体の芯から体が震えている。立っているだけで精一杯だった。
「無駄に手こずらせて……。でも安心して、クラスメイトのよしみであんたのことは楽に殺してあげるわ」
次の瞬間ステッキの先端に大きな炎が灯る――そして一瞬で葵の体を焼き尽くした。




