面影の女
リンファはクリスティナを後にするのを戸惑った。美しい街にまだ居たかったのだ。しかし、そんな余裕がある訳ではない。
(名残惜しいが・・・)
リンファは離れていく街を見る。
(寂しい様な気がする)
今まで、リンファはミリアム王国だけで過ごしてきたのだ。他の国の事など知らない。分かる筈も無かった。
しかし、彼女は知ってしまったのだ。
美しくも、厳しい『外』の世界を。そこは魅力に溢れていた。その魅力にリンファは惹き付けられたのだ。
知らなかった頃には戻れそうも無いのが分かる。リンファはそんな自分に苦笑した。
こんな時にそう思えてしまう自分が居るのだ。
(・・・これが私である証拠なのかもしれないが、困ったものだな・・・私も)
妹と同じではないか。
リンファは溜息を吐いた。これからの道のりは優しいものでは無いだろう。そんな事は承知している。
だが、見たいと思う。
(まだ・・・帰りたくない)
願うリンファをイオンは優しい眼差しで見ていた。その眼差しに気付いたリンファは恥ずかしくなった。
そもそも、今の状況を侍女達に見られたらどうなるだろうか。あまり考えたくない事ではある。
(きっと・・・ギャーギャー煩いだろうな)
女らしさが無い自分が男と二人旅。騒ぐ様子が目に浮かぶ。
苦笑いをした。その瞬間の事だった。
「っ・・・!」
リンファは慌てる。先程見たもの・・・あれは、そうだと直感した。
(あれは・・・ロヴァーナ!)
彼女の目が見たのは、間違いなく妹の姿だった。確かに見たのだ。
(なぜ、ここに?)
リンファは疑問を感じながらも、妹の姿を追う。
まるで、亡霊に似た妹の姿を。
「ロヴァーナ!」
背中に呼び掛ける。リンファの声に返るものは無い。
(別人か?)
しかし、リンファは間違える筈が無いと思っている。彼女は姉なのだから。
後ろ姿を見失わない様に急ぐ。
しかし、リンファは彼女の背中を見失った。その背中が建物の影に消えたのをその目で見ていたのに。
「・・・ロヴァーナ」
せめて、確実に妹だと分かれば。そうしたら、彼女は探しに行ける。どこまでも。
・・・逃げ出した理由を作れる。そんな打算的な感情もあっただろう。
しかし、妹を何とかしなければならない現状は変わらないのだ。一刻も早く、彼女を見つけ出し、セイラム王国に許しを請う。それが、小国の生きる術。
「リンファ」
声を掛けられて、リンファは思い出す。自分に連れが居た事を。
「・・・イオン」
随分と情けない声が出た。思っていたよりも、自分は弱っていたのだと自覚する。どうしようもないなと溜息を吐く。
心配そうに見つめてくるイオンは気付いているのかもしれない。彼女の持っている感情に。
「・・・すまない。行こうか・・・」
リンファは落ち込みながらも、イオンを促す。しかし、彼は動かない。
優しい眼差しに、違う何かが混じっている様に感じたリンファは一歩下がった。