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恋愛禁止の会社で、恋愛監査官に恋をしました。  作者: naomikoryo


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第8話 「コンビニでまさかの再会」

 午後六時二十分。

 人事総務部のフロアには、まだ何人かの社員が残っていた。

 美奈はようやく一日の仕事を終え、パソコンの電源を落とした。

 例のプリン騒動については、春樹の説明を記録し、上司にも報告を済ませてある。


 今回、交際の事実を疑う合理的な理由は見当たらず、業務に支障が出るような行為も確認されなかった。

 むしろ問題なのは、社員の何気ない行動を面白おかしく噂にする周囲の態度だった。

 必要な範囲で注意喚起することになり、案件としてはいったん終了した。

 美奈は鞄を持って立ち上がった。


「お先に失礼します。」

「お疲れさま、小泉さん。」


 同僚に挨拶し、エレベーターへ向かう。

 外へ出ると、すでに夕暮れの街には街灯がともり始めていた。

 冷たい風が頬を撫でる。

 美奈はコートの襟元を少し寄せた。


 駅へ向かう途中、一軒のコンビニが目に入った。

 いつも利用している店だった。

 彼女は一度、その前を通り過ぎた。

 しかし、数歩進んだところで足を止めた。


(……そういえば。)


 昼間の春樹の言葉が頭をよぎった。


『あのプリン、結構うまいですよ。』


 美奈は振り返った。

 ガラス越しに、明るい店内が見える。


(別に、食べたいわけじゃありませんけど。)


 自分に言い聞かせる。


(ただ、話題になった商品がどんなものなのか、少し興味があるだけです。)


 なぜそんな言い訳が必要なのか、自分でもよく分からなかった。

 結局、美奈はコンビニに入った。

 冷蔵ケースの前に立つ。

 色とりどりのスイーツが並ぶ中に、それはあった。

『とろける濃厚カスタードプリン』

 透明な容器の底に、濃い色のカラメルソースが見える。

 美奈は一つ手に取った。

 その瞬間、棚の小さな広告が目に入った。

『対象商品 二個目半額!』


「……。」


 美奈はプリンを見つめた。

 一個だけ買うのは、何となく損な気がした。

 しかし、二個買っても食べるのは自分一人である。


(別に、二個くらい食べられますけど……。)


 そう思いながら、もう一つ手に取った。

 そして、レジに向かおうとしたところで。


「あれ?」


 聞き覚えのある男性の声がした。

 美奈は振り返った。

 そこには、コンビニの買い物かごを片手に持った春樹が立っていた。


「あっ、小泉さん!」

「……足立さん?」

「こんなところで会うなんて、偶然ですね。」

「そ、そうですね。」


 春樹は美奈の手元に視線を落とした。

 両手に一つずつ、プリン。

 彼は数秒間、それを見つめた。

 そして、にやりと笑った。


「……小泉さん。」

「な、何でしょう?」

「もしかして、それ……。」

「ち、違います!」

「まだ何も言ってませんけど。」

「これは、その……!」


 美奈は慌ててプリンを背中に隠した。

 だが、すでに遅かった。

 春樹は笑いをこらえるように口元を押さえた。


「ははっ! やっぱり買ったんですね!」

「ち、違います! これは偶然です!」

「いや、別に悪いことじゃないですよ。」

「そういう問題ではありません!」

「しかも二個。」

「……っ!」


 美奈の頬が真っ赤になった。


「二個目が半額だったんです!」

「知ってますよ。」

「だから、別に深い意味はありません!」

「はいはい。」

「その返事は何ですか!」


 春樹はとうとう我慢できず、笑い出した。


「はははっ! 小泉さんって、意外と面白い人ですね!」

「……足立さん。」

「はい?」

「今、私のことを馬鹿にしましたね?」

「いや、してませんよ!」

「では、なぜ笑うんですか!」

「だって、昼間はあんなに真面目にプリンの話してたのに、帰りに二個買ってるんですもん!」

「……。」


 美奈は悔しそうに唇を結んだ。

 しかし、しばらくすると、自分でもおかしくなってきたらしい。

 ほんの少しだけ、口元が緩んだ。


「……そんなに、おかしいですか?」

「いや、おかしいっていうか。」


 春樹は笑いを収めながら答えた。


「何だか、安心しました。」

「……安心?」

「小泉さんも、普通にプリン食べるんだなって。」


 美奈は目を丸くした。


「当たり前でしょう!」

「ですよね。」

「私を何だと思っているんですか?」

「いや、もっとこう……。」


 春樹は少し考えた。


「毎日、栄養計算された食事をきっちり食べてそうな人かなって。」

「……。」

「間食とか絶対しない感じの。」

「……。」

「何なら、プリンのカロリーまで規則で決めてそうな。」

「足立さん!」


 美奈は声を上げた。

 その勢いに、近くで商品を並べていた店員が振り向いた。

 二人は同時に黙り込んだ。

 そして、顔を見合わせた。


「……すみません。」


 春樹が小声で謝った。


「……こちらこそ。」


 美奈も小さく頭を下げた。

 次の瞬間、二人は同時に吹き出してしまった。

 美奈は自分でも驚いていた。

 会社では、こんなふうに声を出して笑うことなど、ほとんどなかった。

 ましてや、今日初めてまともに会話した男性社員を相手に。


(……本当に、変な人。)


 美奈はそう思った。

 けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。

 春樹は買い物かごの中から缶コーヒーを取り出した。


「じゃあ、俺はこれ買って帰ります。」

「……はい。」

「プリン、おいしいといいですね。」

「……ありがとうございます。」

「でも、二個も食べたら太りますよ。」

「余計なお世話です!」


 美奈は即座に言い返した。

 春樹はまた笑った。


「じゃあ、お疲れさまでした。」

「お疲れさまでした。」


 春樹がレジへ向かう。

 美奈は、その後ろ姿をしばらく見送っていた。

 そして、ふと気づいた。


(……あれ?)


 自分は今、どうしてこんなに自然に笑っていたのだろう。

 相手は、つい数時間前に事情確認を行った社員である。

 仕事上の関係しかない。

 特別親しいわけでもない。

 むしろ、少し失礼で、お調子者で、余計なことばかり言う男性だ。


(……別に、何でもありません。)


 美奈は小さく首を振った。

 そして、両手に持ったプリンを見下ろした。

 黄色いカスタードの表面が、店内の照明を受けてつやつやと光っている。

 なぜだろう。

 いつも食べているプリンより、少しだけおいしそうに見えた。

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