第6話「恋愛監査官はプリンがお好き?」
午後一時四十分。
事情確認は、ようやく終わろうとしていた。
美奈はノートパソコンを閉じると、春樹に向き直った。
「本日のお話を伺った限りでは、今回の情報提供を規程違反として扱う理由はありません。」
「ですよね!」
「ただし、噂が広まっている件については、必要に応じて関係部署へ注意喚起を行います。」
「助かります。」
「それから、足立さんにも一つお願いがあります。」
「何ですか?」
「相良さんとのやり取りについて、周囲に誤解を与えるような言動は、できるだけ控えていただけると……。」
「いや、普通に話してただけなんですけど。」
「それは分かっています。」
「じゃあ、どうすればいいんでしょう?」
美奈は少し困ったように口を閉じた。
確かに、普通の会話を禁止するわけにはいかない。
それでは職場のコミュニケーションそのものが成立しなくなってしまう。
「……そうですね。」
美奈は少し考えた。
「少なくとも、今回のような噂が発生した場合には、無理に冗談でごまかさず、事実を伝えていただければと思います。」
「なるほど。」
「それから、必要以上に親密な言葉を……。」
「小泉さん。」
「はい?」
「好きなプリンを覚えてるって、そんなに親密な言葉ですか?」
「……。」
美奈は再び沈黙した。
春樹は続けた。
「だって、俺、小泉さんの好きなものだって、教えてもらえれば覚えますよ。」
「……えっ?」
「例えば、好きな食べ物とか。」
「……。」
「そういうのって、普通の会話じゃないですか?」
美奈は、なぜか視線を泳がせた。
「そ、それは……。」
「小泉さん、何が好きなんです?」
「……はい?」
「食べ物です。」
「あ、食べ物……。」
美奈は少し考えた。
春樹は気軽な世間話のつもりだった。
しかし、美奈にとっては少々予想外の質問だったらしい。
「……プリン、です。」
春樹は目を瞬かせた。
「えっ?」
「私も、プリンは大好きです。」
数秒の沈黙。
そして、春樹が吹き出した。
「はははっ! 何だ、結局プリンじゃないですか!」
「な、何がおかしいんですか!」
「いや、だって! 今日ずっとプリンの話してて、最後に小泉さんまでプリン大好きって!」
「別に、おかしなことではありません!」
「いや、そうですけど!」
美奈は頬を赤くした。
そして、何とか冷静さを取り戻そうとするように、背筋を伸ばした。
「と、とにかく、本日の確認は以上です。」
「はい。」
「お忙しいところ、ありがとうございました。」
春樹は立ち上がった。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
会議室の扉に手をかけたところで、ふと思い出した。
「あ、そうだ。」
「まだ何か?」
「今日、コンビニでプリンを二個買うと、二個目が半額だったんですよ。」
「……はい?」
「だから相良の分と、ついでに自分の分も買ったんですけど。」
「……。」
「それで騒ぎになったんだから、俺もついてないですよね。」
「……そうですね。」
「ちなみに、あのプリン、結構うまいですよ。」
美奈は少しだけ目を上げた。
「……どこのコンビニですか?」
春樹はにやりと笑った。
「あれ? 気になります?」
「い、いえ! 別に!」
「駅前のところですよ。」
「……そうですか。」
「小泉さんも買ってみたらどうです?」
「考えておきます。」
春樹は笑顔で頭を下げた。
「じゃあ、失礼します。」
扉が閉まった。
会議室には、美奈一人が残された。
彼女はしばらく扉を見つめていた。
そして、小さくため息をついた。
「……何なんでしょう、あの人。」
最初は、もっと軽薄でいい加減な男性だと思っていた。
神崎課長の話からも、そんな印象しか持っていなかった。
けれど実際に話してみると、確かに少々お調子者ではあるものの、仕事には真面目そうで、こちらの立場も理解しようとしてくれる。
何より、妙に遠慮がない。
人事部の主任を相手に、あれだけ気軽に冗談を言ってくる社員は珍しかった。
(……変な人。)
美奈は資料を揃えながら、ふと自分の口元に手を当てた。
ほんの少しだけ、笑っていた。
「……。」
彼女は慌てて表情を引き締めた。
(別に、面白かったわけじゃありませんから。)
誰に言い訳しているのか、自分でもよく分からなかった。




