第12話「後輩とのランチはデートですか?」
正午を少し過ぎた頃、春樹は一階の正面玄関へ向かった。
ガラス張りの自動ドアの近くには、すでに美紀が立っていた。
スマートフォンを眺めていた彼女は、春樹に気づくと嬉しそうに手を振った。
「あっ! 春樹先輩!」
「お待たせ。」
「遅いですよぉ!」
「まだ十二時五分前だろ。」
「女の子を待たせるなんて、減点です。」
「何の点数だよ。」
「彼氏適性テストです。」
「俺、受験した覚えないんだけど。」
「強制受験です!」
「恐ろしい試験だな。」
美紀は楽しそうに笑った。
そして、春樹の隣に並んで歩き始めた。
会社の周辺には飲食店が多い。
オフィス街ということもあって、昼休みになるとどの店もスーツ姿の会社員で賑わう。
美紀が選んだのは、会社から歩いて五分ほどの場所にある小さなカレー専門店だった。
木製の看板には『カレー食堂 まる福』と書かれている。
店内からはスパイスの香りが漂い、入口には数人の客が並んでいた。
「ここ、知ってた?」
春樹が尋ねると、美紀は得意げに胸を張った。
「もちろんです! ここのチキンカレー、すっごくおいしいんですよ!」
「へえ。相良、こういう店も来るんだ。」
「何ですか、その言い方。」
「いや、もっとおしゃれなカフェとか好きそうだから。」
「私だってカレーくらい食べますよ!」
「そりゃそうだけど。」
「それとも先輩、私が毎日サラダとスムージーだけで生きてると思ってました?」
「いや、激辛ラーメン好きなのは知ってる。」
「もうっ! そういう余計なことは覚えてるんだから!」
美紀は頬を膨らませた。
しかし、その表情はすぐに笑顔へと変わった。
ちょうど二人の順番になり、店員が奥のテーブル席へ案内してくれた。
「こちら、二名様ですね。」
「はい!」
美紀が元気よく答える。
二人は向かい合って席に座った。
テーブルには水の入ったピッチャーと、福神漬けの容器が置かれている。
「先輩、何にします?」
「そうだなぁ。チキンカレーがおすすめなんだろ?」
「はい! 絶対おいしいです!」
「じゃあ、それで。」
「辛さは?」
「普通でいいかな。」
美紀は露骨にがっかりした顔をした。
「えーっ! 普通ですか?」
「何だよ。」
「男なら激辛でしょう!」
「何でカレーの辛さで男らしさを決められなきゃいけないんだよ。」
「挑戦する気持ちが大事なんです!」
「昼から汗だくになって仕事したくないんだよ。」
「つまんなーい。」
「お前は何にするの?」
「チキンカレーの激辛です!」
「……。」
春樹はメニューを見た。
激辛の横には、小さな唐辛子のマークが五つ並んでいる。
「相良。」
「はい?」
「それ、本当に食べられるの?」
「余裕ですよ!」
「……そう。」
春樹はそれ以上、何も言わなかった。
しばらくして、二人の前にカレーが運ばれてきた。
春樹の皿には、黄金色のルーと大きめの鶏肉が盛り付けられている。
一方、美紀の皿のルーは、明らかに赤かった。
「……すごい色だな。」
「おいしそうでしょう!」
「色だけ見たら、火山の溶岩みたいだけど。」
「先輩、失礼ですよ!」
美紀はスプーンを手に取り、嬉しそうにカレーを口へ運んだ。
次の瞬間。
「……っ!」
彼女の動きが止まった。
春樹はその様子を見つめた。
「……大丈夫?」
「……。」
「相良?」
「……お、おいひいれす。」
「無理して喋らなくていいぞ。」
美紀は慌てて水を飲んだ。
続けて、もう一杯。
さらにもう一杯。
春樹は笑いをこらえるのに必死だった。
「だから言っただろ。」
「だ、大丈夫です!」
「顔、真っ赤だけど。」
「こ、これは、その……!」
「うん。」
「情熱です!」
春樹はとうとう吹き出した。
「はははっ! 何だよ、情熱って!」
「笑わないでくださいよぉ!」
美紀は涙目になりながら、福神漬けを口に放り込んだ。




