第11話「カレーライスと、危険な昼休み」
午前十一時五十分。
足立春樹は、パソコンの画面を見つめながら、ようやく午前中の仕事に区切りをつけた。
来週の提案会議で使用する資料は、どうにか予定どおり仕上がりそうだった。
売上推移のグラフも修正したし、顧客から指摘されていたシステム導入後の費用対効果についても、数字を整理しておいた。
珍しく順調な午前中だった。
もっとも、仕事以外の部分については、まるで順調ではなかったのだが。
(……何なんだよ、あのプリン騒動は。)
春樹は椅子の背もたれに体を預けた。
昨日、美紀にプリンを買ってきたことから始まった騒動は、どういうわけか今日になっても収まる気配がない。
おまけに、昨夜コンビニで偶然会った小泉美奈のことまで、神崎勇人に知られてしまった。
それも、どうやら話が少しおかしくなっている。
春樹はスマートフォンを取り出し、先ほど勇人から届いたメッセージを読み返した。
『つまり、お前が小泉主任にプリンを二個買ってやったわけじゃないんだな?』
『違います。小泉さんが自分で買ったんです。』
『本当に?』
『本当です!』
『じゃあ、二人でコンビニデートしたって話は?』
『偶然会っただけです!』
『なるほど。偶然を装った出会いか。』
『もういいです!』
春樹は画面を閉じた。
(あの人、営業の仕事でもこれくらい粘り強く聞き込みしてるのかな……。)
いや、確かに勇人は営業成績がいい。
だからこそ課長になったのだろう。
しかし、部下でもない自分の恋愛事情に、そこまで熱心になる必要があるのだろうか。
春樹がそんなことを考えていると、社内チャットの通知が表示された。
相良美紀からだった。
『先輩! もうすぐお昼ですよ!』
『分かってるよ。』
『忘れてませんよね?』
『カレーだろ。』
『さすが! ちゃんと覚えてる!』
『俺が食べたいって言ったんだけど。』
『じゃあ、12時5分に正面玄関で待ち合わせしましょう!』
『了解。』
春樹は返信を終えると、パソコンの画面を切り替えた。
すると、ちょうど隣の席に座っていた同僚が声をかけてきた。
「足立さん、今日のお昼って外ですか?」
「うん。ちょっとカレー食べに。」
「相良さんと?」
春樹はゆっくりと顔を向けた。
「……何で知ってるの?」
「いや、さっき営業部の人が話してたんで。」
「……。」
「いいですねぇ。若い女の子とランチなんて。」
「お前なぁ……。」
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから。」
「もう知ってるだろ、みんな!」
春樹は思わず声を上げた。
同僚は笑いながら肩をすくめた。
「いやぁ、社内恋愛禁止って言われると、逆にみんな敏感になるんですかね。」
「敏感っていうか、暇なんだろ。」
「まあ、そうかもしれませんね。」
春樹はため息をついた。
会社の中には、約三百人もの社員が働いている。
その全員が他人の恋愛に興味を持っているわけではないだろう。
しかし、少なくともここ数日の様子を見る限り、噂話を楽しむ社員はかなり多そうだった。
(……こんな会社で本当に社内恋愛なんかしたら、面倒くさいだろうな。)
そう思いながら、春樹は席を立った。




