最終話#13 お揃いの白
ヤドカリを受け止めたオルカは直ぐに近くの広場にスクーターを下ろす。殆ど動けないヤドカリにユーファウシドから借りたコートを着せる。
「ちょっと血で濡れてるが、寒いよりは……」
オルカがそう言うと
「身体にも怪我をしてるんですか?」
とヤドカリが心配そうに聞いた。オルカの顔にはボウガンが掠めた大きな傷が二つ、首にも血の跡があり、ヤドカリはそれも気にしていた。
「お前が言うな」
コートを脱いだオルカの身体は、止血の為に裂いたシャツを含めてボロボロだった。その時オルカは新たな追手の気配を感じた。急いでヤドカリを抱えてスクーターに乗る。しかし、これ以上逃げられるのか。オルカは絶望的な気持ちだった。と、突然街が暗闇に包まれる。街灯が全て消えたのだ。オルカは努めて冷静に振る舞おうとする。腕の中には探し求めたヤドカリが、動けないままオルカに身を任せている。敵の罠かもしれない。
そこに仲間を数人つれたユーファウシドがスクーターで現れる。皆ボウガンも持っており、手には灯りを灯したランタンも持っていた。
「灯りは落とした。ここはなんとかするから、早くその子を連れて俺たちの街まで行け」
レジスタンスの街までは、岩に隠れたフサゴカイの発光する目印があった。
「すまない」
オルカはユーファウシドの指示に従った。
フサゴカイの紫の光を辿り地下道まで行くと、スズメが心配そうに待っていた。混乱に乗じて逃げ延びたルリも一緒だった。
スズメの案内でオルカは暖かい、ベッドのある部屋にヤドカリを運んだ。そこではルリが血の滲んだコートを脱がせ、ヤドカリの汚れた服を新しく変えた。
「怪我はしてないですか?」
心配してルリが聞くと、ヤドカリはいつもの調子で
「何ともないよ。ルリ、ありがとう……。少しだけ疲れた……」
と答え、目を瞑った。ヤドカリの顔色は青く、身体は冷え切っていて、おまけに髪の色まで抜けていた。ルリは湯たんぽを用意してヤドカリを暖める。しかし、それ以上どうすればいいのか。ルリがそう思っていると、オルカはポケットから薬を出し、意識のないヤドカリの腕を取ると薬を肩に刺した。ルリはオルカを見る。
「ヤドカリさんは、ずっと薬を拒否していました」
ルリはヤドカリの許可なく、薬を使った事を非難めいて言った。
「あぁ。そうだろうな」
オルカはルリの言葉には全く耳を貸さず、低い声でそう答えた。そしてそれ以上、ルリに対して何も言わなかった。
スズメはヤドカリをルリに任せると、医療品がある部屋にオルカを案内し、オルカの上着を全て脱がせた。そこで、やはりスズメは息を呑んだ。オルカの背中は古傷でいっぱいだった。更に今回ボウガンで貫かれた左肩から出血していた。顔や首にも生々しい傷がある。震える手で、スズメはオルカの傷を消毒し、包帯を巻いた。
「俺が、怖いか?」
その様子を見てオルカが聞いた。スズメは何も言わず、首を横に振った。オルカはそれ以上、何も言わなかった。
ユーファウシドたちは幸いにも、一人も欠ける事なくその晩遅くに帰還した。オルカはヤドカリのベッドの脇にずっと座っていた。ルリも同じ部屋で、ヤドカリの看病をすると言っていたが、その時間にはソファで寝てしまっていた。
「その子がお前の探していた子か」
ユーファウシドはヤドカリの顔を覗き込んで言い、オルカを見た。オルカはヤドカリを見て、複雑な表情を浮かべていた。
「薬、使ったのか?」
「あぁ」
「そうか。効き目は半日だそうだ」
「ヤドカリの分は手に入れてある」
「お前、最初から薬のプラントを壊すつもりだったのか?」
「あぁ……。出来ればそうしたいと思っていた」
ユーファウシドはオルカに言いたいことが沢山あったが、この夜はここで話を打ち切る事にした。彼は疲れていたし、これ以上頭を使いたくなかった。
「そうか。また話そう」
そう言ってユーファウシドは部屋を出た。
ヤドカリはその日から二日間は目を覚まさなかった。オルカは半日おきにヤドカリに薬を打った。
ヤドカリが目を覚ました時、ずっと付き添っていたオルカはたまたまユーファウシドに呼ばれ、席を外していた。オルカを呼び出したユーファウシドは淡々と事実を伝える。
「今回の事で革新派十八名が負傷、内、九名死亡、あの病院の前の通りの遺体三体は正確に眉間を撃たれていたらしい。お前がやったのか?」
オルカは険しい表情で答える。
「いや。あの通りの三人だけは、俺じゃない。あいつが……やった。他は全て俺だ」
「薬も使わず、それをやったとしたら凄い能力だ」
「……二度と、あんな事させない」
ユーファウシドは少し間をおいて、更なる事実を伝える。
「今回の容疑者は四人だ。」
オルカは驚いて顔を上げる。
「オルカ、ヤドカリ、ルリ、スズメ、だ。全員お尋ね者として懸賞金もかかってる」
オルカは打ちのめされ頭を抱えた。
その時ヤドカリは目を開けてルリを見、自分があの病室にいる気がした。だが、身体が軽く、空腹を感じたので、更に混乱した。
「ヤドカリさん、大丈夫ですか?」
ルリは心配そうに聞く。
「あれ?ルリ……僕の担当外されたんじゃ……」
「覚えてないですか?オルカさんに助けられてここに来たんです。ここはレジスタンスのところです」
ヤドカリはその名前にハッとした。そして起こった事を思い出す。ちょうどその時オルカがドアを開けた。
「オルカさん……」
ヤドカリは信じられない気持ちでオルカを見た。
「ヤドカリ!起きたのか。大丈夫か?」
オルカは先程のユーファウシドの話を頭の隅に追いやり、ヤドカリに駆け寄る。
「あの、僕……どうして……?」
「混乱してるのか?」
「身体が、軽いんです。オルカさん、僕に、薬、つかったんですね」
「そうだ。もうお前が無理をする必要はない」
オルカは優しくヤドカリに言ったが、ヤドカリは尚混乱していた。
「でも、クジラの歌、聞こえないと、僕」
「大丈夫だ。今はとにかく自分の身体を治す事を優先しろ」
オルカはヤドカリの顔を覗き込む。
「顔色が良くなったな。何か食べられるか?」
そう言われて、ヤドカリはオルカが包帯だらけなのに気がついた。
「オルカさん、怪我してる」
「あっ?ああ、気にするな。それよりも、お前が無事で良かった」
オルカはそう言ってヤドカリの頭を撫でると、飲み物や食べられる物を持ってくる為に部屋を離れた。
「これ、預かっていた物です」
オルカが部屋を出ると、ルリはヤドカリに託されたギターをヤドカリに渡す。ヤドカリはそのギターを無表情で見つめた。
「あの、オルカさん、ずっとヤドカリさんを見守ってて、薬もずっとあの人が……」
ルリは事実を伝えると、ヤドカリは俯いて静かに
「そう……」
とだけ言った。ルリにはヤドカリの感情が読み取れなかったが、その手がシーツの上で握られ、震えているのは見えた。
「ルリ、ここにシャワー、ある?」
ヤドカリは二日間寝ていた身体の汚れを落としたかったし、少し一人になりたかった。
「あります。直ぐに着替えを準備しますね」
ルリは以前と同じようにヤドカリの世話を焼いた。
ヤドカリは時間をかけてシャワーを浴び、中々出てこなかったが、出てきた彼は随分とスッキリした顔をしていた。食事の用意を運んだオルカに話しかける。
「あの、僕の髪って……」
シャワーの時、鏡を見て髪の色が白くなったのに気がついたようだ。
「お前の髪、俺のとお揃いになったな」
オルカは半分冗談めかしてヤドカリに言った。ヤドカリはそれを聞いてオルカに近寄ると、徐にオルカの結ばれた髪の先を一房手に取り、自分の前髪と比べた。
「本当だ……」
その仕草に、いつものヤドカリが戻ってきたようで、オルカは心底安心して微笑む。そしてヤドカリに食事を取らせた。
オルカは回復したヤドカリを連れて、ユーファウシドにも挨拶に行った。ヤドカリはユーファウシドに会うと一言目に
「オルカさんが本当にお世話になりました」
と丁寧に礼を述べた。ユーファウシドはそれを聞いて笑い、
「お前が居なかった時のあいつの顔、見せてやりたかったぜ」
と言った。ヤドカリもそれを聞いて笑う。
ユーファウシドはヤドカリに、あの通りの撃たれた兵たちの事を伝えなかった。ルリとスズメがお尋ね者になっている事も伝えず、ただ今、安心できる場所をヤドカリに提供した。
今後の事を思案しているオルカのところに、スズメが来た。床に座るオルカの横にスズメも腰掛け、暫く床を見ていたが、静かにオルカに話しかけた。
「私、オルカの事、怖くない」
オルカはゆっくりスズメの方を見た。
「……今回の事で、オルカがした事は、ヤドカリさんの為にそうせざるを得なかったのも、分かるし、……傷を見て、ちょっとびっくりしちゃっただけで」
スズメはオルカを見て笑顔になる。
「オルカが遠くの人になっちゃったって思ったから」
オルカもその笑顔に、少しだけ気が抜けたが、直ぐに険しい顔に戻る。
「俺たち、お尋ね者らしいな」
「そうみたいだね……」
「……スズメはこれからどうしたい?」
その質問にスズメは少し驚いた。この谷で暮らす以外の選択肢を彼女は考えた事が無かった。オルカの聞きたい事はスズメには伝わっていた。ただ彼女は即答を避けてこう言った。
「もう一回、オルカとフィッシュ&チップス、食べたいな」
「お前が望むなら、俺が作ってやるよ」
とオルカは言った。
後1話とエピローグで完結します。
週末投稿予定です。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




