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最終話#11 マキリ


 オルカはその日、隠してあった船に戻り、自分のスクーターと水中ボウガン、旅の手帳を持って街に戻った。それらを間借りした部屋に隠し、手帳を持って地下道のユーファウシドを訪ねた。

「おう。オルカ、どうした?」

「ちょっと預かって欲しい物があってな」

そう言うとオルカは自分が書き記してきた手帳をユーファウシドに差し出した。

「んっ?これは?」

「俺の旅の記録だ。ここに来る前に立ち寄った他のクジラの事も書いてある。あいつらの手に渡ったら悪用されるかもしれない」

「大事なものじゃないのか?」

「ああ。だからお前に預ける」

ユーファウシドは手帳を見た後、オルカの目を見た。

「お前がここを出る時、必ず返すからな」

「色々と助けて貰って、本当に感謝している」

オルカは吹っ切れたような顔をしていた。

「お前、今、暇か?」

暇な訳がないのは分かっていたが、ユーファウシドは突然そう言った。

「ちょっと来い」

有無を言わさず、そう言って地下道の別の扉をくぐり、広い部屋に案内した。そこには水中ボウガンが並んでいた。

「ここは射撃場だ。これはここの水中ボウガン。お前たちのクジラの水中ボウガン、少し見せて貰ったが、作りが違うと思ってな」

そう言って水中ボウガンの一つをオルカに渡す。ユーファウシドはボウガンを的に向かって構え、一撃を放った。オルカはそれを見る。

「分かるか?ここのボウガンは軽くて速い。六発は連射も出来る。お前たちのクジラのボウガンは、魚を獲る為のものだ」

「ここのボウガンは対人用か……」

オルカは複雑な気持ちで言った。ボウガンの矢は細くて短い。オルカのボウガンと違って捕獲ロープもついてない。射程距離も数倍はありそうだ。

「敵を知らなければ、やられるだけだ」

ユーファウシドはそう言った。オルカも同じようにボウガンを構えて放つ。的の中心付近に三本が続けて刺さった。早くて軽くて扱いやすい。ユーファウシドは装填方法などをひと通り説明する。

「もっと練習しろ。気に入ったなら、ひとつ貸してやる。ちゃんと返せよ」

ユーファウシドはオルカの為に組織を動かせない。だからこれは彼の精一杯の手助けだった。

 


 スズメはルリの元を離れ、急いでオルカの間借りしている家に向かった。ずっと走ってきたので、息が切れ切れだったが、構わず中に入る。部屋の中にオルカはいなかった。そして部屋が綺麗に片付けられており、スズメは嫌な予感がした。ヤドカリの居場所を早く伝えたい。彼が弱りきっているのを目にしたスズメは、2人の再会を心から願っていた。



 その時オルカは、まず薬を保管している施設に向かっていた。場所はスズメが研究結果を盗んだ施設を以前に聞いており、そこから目星をつけていた。スクーターは隠し、開いていそうな裏口を探す。警備の目もあるが、昼でも暗いのはこういう場合好都合だ。暗闇に乗じて動き、人が出てきたタイミングを見計らって中に入った。この施設は、薬の製造と保管の双方を担っているようだ。施設の外に、薬を生成する圧力釜のパイプラインが伸びていた。案外簡単に入れたな……そう思い、スズメが研究結果を盗んだ事を思い出す。施設の中には人影が無かった。

 罠、か……。

研究結果が盗まれたのであれば、警備は強化される筈だ。薬のある部屋もすんなりと分かり、オルカはヤドカリの回復に必要な量を十分に足りるだけ、ポケットとバッグに詰めた。そして薬の生成装置を確認する。その圧力釜は長身のオルカよりも大きく、うってつけだった。圧力釜に繋がるパイプを限界まで緩めるとオルカはジャンプして背中で窓を破り、二階程の高さから飛び降りた。砂地で受け身をとって転がると、オルカが転がった地面に数本の細いボウガンの矢が刺さる。やはり出た瞬間を狙うように、包囲されていたのだ。

 そのまま体勢を低く岩陰まで走ると、元々持っていた自分のクジラのボウガンで、建物から出るパイプラインを正確に撃ち抜いた。パイプには穴が空き、水が流れ込む。圧力釜の中の超高温で急激に熱せられた水は、密閉された釜の中で水蒸気爆発を起こした。そしてそれは圧力釜を吹き飛ばす。

 雷が落ちたような大きな音と共に、薬の生成用の釜は粉々になって周囲に飛散した。オルカは岩の影でそれをやり過ごす。身体が飛ばされそうになったが、なんとか耐えた。オルカを包囲していた人達は、突然の爆発に巻き込まれ、無事では済まなかった。呻き声や咳き込む音があちこちから聞こえた。

 オルカはひと息つくと、押し込めるように自分のボウガンに次弾を装填した。少し離れたところに停めたスクーターに乗り、革新派が住む街の方角へ走らせた。



 ユーファウシドは爆破音を聞き、地下道から飛び出て音のした方の街を見た。煙が立ち込めている一角が、街の明かりで微かに見える。しまった、と思った。あの爆発はオルカがやった事に違いない。彼は薬を盗むつもりだろう、とは想像していた。ユーファウシドは薬の使用には反対の立場だったが、生命を救うためなら致し方ないと、思っていた。だがその効果を考えれば、薬は無い方が良かった。薬で強化された敵と、生身の自分や仲間が戦う想定は恐ろしいものだった。薬の製造元を破壊する事は彼の計画にあったのだ。

「壊すつもりなら、そう言ってから行けよ」

ユーファウシドの口からそんな愚痴が出た。薬を盗むだけなら、ユーファウシドと仲間は動けないが、薬のプラントを潰すつもりなら、彼らにもやりようがあった。オルカも同じ思いで、レジスタンスの為にそうしたのだと、ユーファウシドは想像した。

 彼はすぐに周りの仲間数人に声をかけ、オルカの向かうであろう革新派の街へ向かう。ユーファウシドはオルカという人を失うのは惜しいと思った。彼を助けられれば……今更だが、間に合って欲しい。そんな気持ちだった。


 オルカはスクーターをかなりのスピードで走らせていた。そのオルカの頬の直ぐ横をボウガンの矢が走り、オルカの頬から血が流れた。おかしい、と思った瞬間、左肩に激痛が走る。細いボウガンの矢がオルカの肩に深く刺さっていた。そのままバランスを崩してスクーターと一緒に地面に落ちる。そこは建物に囲まれた広場のような場所だった。落ちた瞬間、痛みに耐え、物陰に走った。おかしい、ともう一度思う。あのスピードでスクーターを走らせていたのに、ボウガンを当てられた。オルカは左肩を貫通したボウガンの矢を、右手で力任せに引き抜いた。オルカのクジラのボウガンよりも矢が細くて短いので、致命傷ではない。ユーファウシドから借りたコートに血が滴る。

「薬を使っている」

オルカはそう確信した。薬で強化された兵なら、あるいはあのスピードで移動する物体に、ボウガンを当てられるのか。

「厄介だな。」

オルカは世話になったレジスタンスの人たちの事を思い浮かべる。薬のプラントを潰しておいて良かった。生身で戦うには、薬を使った敵は強すぎる。

 オルカの腕から数滴の血が地面に落ちて血のシミを作った。その血の跡は近くの建物の入り口まで続く。オルカはその建物に入ると物陰で自分のシャツを引き裂き、口でシャツの端を咥えながら右手で器用に左肩を止血した。

 その後暗闇に乗じて隣の建物に移動すると、二階に上がり窓に自分のクジラのボウガンを自立させてセットした。そして更に上階に上がり、窓から暗い外の様子に目を凝らす。幸い、広場には街灯があり、こちらの建物の窓は暗かった。薬で強化された兵が二人、広場でオルカの血の跡を追っている。血の跡を確認している兵をオルカは窓から正確に狙撃した。とても手加減できる状況では無かった。撃たれた兵はその場に倒れて動かなくなった。

 血の跡の建物の隣の、上階からの狙撃に気付いたもう一人の兵は、直ぐにオルカのいた窓にカウンターの矢を放つ。それはギリギリオルカの頭の横を掠めた。同じ左側の、頬と頭に同様の傷ができ、それぞれから血が滲む。

 同じ場所を正確に、しかもこのスピードで撃ち返してくる。改めて薬の威力が確認できた。オルカはその階から即座に移動し、その一つ下の階に戻る。二階の窓には、先程セットした自分のボウガンがある。自立させたボウガンは、紐を引けば放たれるようにセットしてあった。

 オルカはその自立したボウガンの窓の直ぐ下で息を潜め、そのボウガンの紐を引いた。放たれた自分のクジラのボウガンの矢はその兵の足元に刺さった。勿論、自立させたボウガンは当たらない。ただのデコイだ。強化兵はボウガンが飛んできた窓に目をやり、それが一発限りの仕掛けと見抜いて目を逸らした。見破るのが早い、しかしそれも計算の上だった。

 その瞬間をオルカは見逃さず、窓から素早く手に持っていたボウガンでもう一人の兵を撃ち倒した。即座にオルカは広場に戻り、スクーターに乗ろうとする。


 その時、隠れていた三人目の兵がオルカに体当たりをした。ユーファウシドから借りたボウガンがオルカの手を離れ、地面を滑っていく。撃たれた肩は毒のクラゲに刺されたように熱くなった。兵はバランスを崩して倒れたオルカに馬乗りになり、ナイフで首を掻こうとした。ナイフの先が僅かにオルカの首に届く。

 オルカはその刹那、死を意識した。だが、ヤドカリの無事を確かめるまで、死ぬわけにはいかなかった。オルカは咄嗟にヤドカリの間切(マキリ)を抜いてしまった。そしてそれを敵の左脇に突き立て、自分の生命を守った。

 ヤドカリの間切(マキリ)の美しい花柄の装飾が、血で染まる。それを見て、オルカは涙が出そうになる。

 

 いや、まだ、こんな気持ちになるのは早い——

 

オルカは身体を起こし、ボウガンを拾うとスクーターに乗った。


 

 

 

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