最終話#7 スズメとユーファウシド
「何かお困りだとか。友人を探していると?」
オルカは部屋の奥に通され、ユーファウシドの向かいの椅子に座った。ユーファウシドにお茶を出されて、オルカは苦笑いを浮かべてしまった。
「何も入れてませんよ。スズメはあなたを信用してここに招いた。あなたもこちらを信用して欲しい」
オルカは少し目を伏せて温かいお茶を飲む。その温かさにオルカの気持ちは落ち着いた。きっと自分はヤドカリを見つけられる、そう思った。
「大切なご友人のようだ。」
オルカは伏せていた目を上げると、ユーファウシドは真剣で優しくみえた。
「俺のいたクジラは滅びかけのクジラだった。ヤドカリは旅のパートナーで、あいつはクジラの歌を聞く力があった。そして、突然いなくなった。その後でクジラの歌は生命を吸い取るという噂を、聞きました。」
オルカは辛そうにユーファウシドに話した。
「滅びかけのクジラから、クジラの歌を辿って新しいクジラを探していた、という事か。そして相方がいなくなった。身体が弱っていく事に気がついて、貴方には隠していた」
ユーファウシドはオルカとスズメの話の切れ端から、話を組み立て、口にした。オルカは改めて他人から言われた事実に、自分の鈍感さと愚かさを再認識する。
「……実は数日前、ここの近くの砂地で青年が倒れていた、という噂がある。それをあいつらが運んでいた、とも聞いた。もしかしたら……」
オルカは身を乗り出して質問した。
「その青年は無事なのか?」
「すみません。そこまでは分からない。でも倒れていた時にもう事切れていたら、違う噂になっていたと思う」
「あんた達が言う、あいつらってどんな集団なんだ?」
オルカは平静を失っていた。
「このクジラの谷は他の単体のクジラに比べたら、技術が進んでいる。あいつらは人間が作り出した技術で自然を変えようとしている。例えば薬の力で人間を優秀な兵士に変えたり、武器を作って周りのクジラで生活する人を制圧しようとしたり、そしてそこに新しい街を作ろうとしたり」
「俺のパートナーがそこにいるとしたら、 その技術で治療してもらえると思うか?」
「楽観的な事は言いたくない、が、可能性はあるだろうな。クジラの歌を聞く能力は貴重だから。」
それを聞いて、オルカは乗り出していた身体を椅子に戻した。情報が多い。頭を整理する必要があった。
「なぁ、ユーファウシド。あんた達はあいつらを止めようとしている、って事でいいのか?」
「まぁ、そうだな。俺達はクジラや自然を重んじている。だから技術で自然を変えてしまう事を、止めたいと思っている。それに他のクジラの人達の暮らしを脅かすなんて許せない。あいつらとは仲が悪いんだ。」
「でも、このクジラの殆どの人は、技術で発展する事を望んでいる。違うか?」
「何故、そう思う?」
「スズメがさっき、あいつらに逆らう奴はいないって言ってた。それにあんな子供が大人に追われてて、誰も助ける様子がなかった。」
「痛いとこつくなぁ……。その通りで、俺達は少数派なんだ。だが、このクジラの谷は本来凄くラッキーな場所だと思わないか?何故今のバランスを崩して、他の人の住むクジラに手を出したり、住む場所を変えたがる?薬を使って人を兵隊にするなんて発想に、どうしても同意出来ない。」
ユーファウシドは熱く語った。
「このクジラには資源がある。多くの人が住んでいる。例えば他のクジラを制圧し、日の当たる場所を手に入れたとして、そこで何人が暮らせる?少数の富んだ者だけが良い暮らしをし、大多数はここに残って資源を掘り出し、運ぶ事になる。格差が広がり一部が奴隷の様になる。今だって貧しい人達の間では、人身売買なんかが横行してるんだ。技術発展で幸せになれるとか、戦争を仕掛けてクジラを手に入れるとか言って、人々を煽り、騙している。俺はそれを止めたい。」
オルカにはユーファウシドの話は、殆ど過去の自分に向けられているように思えた。だが、今の自分は彼の言うことが理解できる。それに、技術を使って他のクジラを制圧するのは恐ろしい話だ。
と、ここでユーファウシドは話を切って、真面目な顔でオルカを見る。
「ちょっと嫌な話になるかもしれないが……」
オルカもユーファウシドを見る。
「オルカ、あんた自分のクジラを統べる立場なんじゃないのか?」
オルカはドキっとした。オルカの滅びかけのクジラには、オルカが新しいクジラを見つけて帰ってくる事を待っている人達がいた。新しいクジラをヤドカリと見つける事が、彼の旅の目的で、ヤドカリは協力する立場だった。そしてヤドカリは最後に、真っ直ぐ進めと言い残して姿を消したのだ。
「そうだ……」
オルカは苦い貝の腑を噛んだような表情で答えた。
「お前のパートナーを探す、という行動はクジラを統べる者としての行動か、それとも個人として、か?」
「個人的な行動だ。」
オルカは言い訳やごまかしをせず、即答した。
「それが、自分で分かってるなら、いい。」
ユーファウシドはそう言って、スズメを呼んだ。
スズメは黒いファーのついたロングコートを持って部屋に入ってきた。
「オルカさん、ここは寒いし、その格好目立っちゃうからこれを着て。ユーファウシドさんのだけど、サイズ合うかな?」
「スズメ、オルカに街の案内と、あと、何か食べさせてやってくれ」
ユーファウシドはスズメに伝えた。そしてスズメが持ってきた薬の研究データに目を落とす。切り替えて机に向かい、それ以上オルカを見なかった。
「感謝する」
オルカはそう言ってスズメと一緒に部屋を出た。ユーファウシドは片手をさっと上げて答えた。
入った時とは違う出口から地下道を出ると、スズメはオルカの隣を歩く。骨でできた建物と、オレンジの街灯の灯りは最初に見た時よりも美しく見えた。
「コート、似合うね。大きさもピッタリで良かった」
スズメは笑ってオルカに話しかける。
「オルカさんの銀色の髪、綺麗。珍しい色だよ。あっ、ちゃんと案内するね。ここはこの辺りのお店とかがある通り。パン屋さんとか、食堂とか、工具屋さんとか、看板があるでしょ?古い通りなの」
「ここで配給を受けるのか?」
「配給?ってなに?お店でお買い物するんだよ。」
「買い物?」
「オルカさんのクジラとは仕組みが違うのかもね。クジラの谷では働いて、お金を貰って、買い物をするの」
「お金……」
オルカはまたしても頭を抱えた。スズメはその様子を笑って見て、お金の仕組みをオルカに話して聞かせる。スズメはオルカの反応を楽しんでいた。
「あっここだよ。オルカさん。」
そう言って、路地のお店に案内される。おいしそうな匂いがして、オルカは暫く自分が何も食べてなかったことを思い出した。
多分ヤドカリが作ってくれたリゾットが最後の食事だった、と思う。
スズメはカウンターの女の人に挨拶をして、奥の席にオルカと座った。
「何食べたい?このお店の名物はね、アンコウのグラタンとか、メヒカリのフィッシュ&チップスだよ。私はフィッシュ&チップスにする」
「俺も同じやつ頼む」
スズメはお店の女の人に注文して、ユーファウシドのツケにした。スズメの堂々とした態度に、いつもならヤドカリの隣で自分がそうしていたオルカだったが、妙な居心地の良さを感じた。
「こんなにして貰っても、俺に返せるものはないぞ」
とオルカが言うと
「気にしないで。ユーファウシドさんはオルカさんを信用したんだよ」
とスズメが返した。熱々のフィッシュ&チップスが運ばれ、お店の女の人は
「余っていたから……」
と海藻プランクトンのスープもおまけしてくれた。スズメとオルカはお礼を言い、オルカは久しぶりの食事をゆっくり味わった。ヤドカリは何か食べられているだろうか、そう思ってスズメにずっと疑問だった事を聞いた。
「スズメは誰を探してるんだ?」
「私は幼馴染のルリって子を探してるの。ずっと一緒だったんだけど、一年くらい前に、もっと良い暮らしがしたいって言い出して、居なくなっちゃったの」
スズメは寂しそうに話し、すぐに笑顔に戻る。
「オルカさんの探している人、早く見つかるといいね」
「ああ、スズメの探してる幼馴染も、きっと見つかる」
とオルカは優しく言った。




