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最終話#6 明けない夜の骨の街


 ヤドカリがクジラの谷にいるかもしれない、そう思って海図を頼りにオルカは海を船で深く移動していた。クジラの谷が近づくと、船を岩陰に隠し、スクーターに乗り換える。その場所は驚くほど暗く寒い場所だった。オルカは、ヤドカリにここにいて欲しいと思う反面、こんな暗くて寒いところにヤドカリが居たら……、と心配した。カマイルカの子供は深い海にも付いてきていた。灯りをつけて移動するのは目立ち過ぎる為、オルカは暗闇を目を凝らしてゆっくり進む。と、カマイルカの子供が何かを見つけて、それを必死な様子でグイグイと頭を押し付け、オルカに伝えた。

「なんだ?」

とオルカは言って、カマイルカの子供が示す場所を見る。そこにはヤドカリのあの、間切(マキリ)が落ちていた。オルカの胸が締め付けられるように高鳴った。

「これはヤドカリの……」

オルカはヤドカリがこの近くにいる事を確信した。


 更に海図を辿り先に進むと、暗闇の中で生活の光がポツポツと灯る、遠目に見て巨大な船が夜の海に何艘も連なって光っている様な、大きな塊の街を見つけた。それがクジラの谷である事は疑いようもなかった。大きなクジラの死骸が折り重なる様に集まってそこにあり、巨大な街を形作っていた。あの大きな街の何処かにヤドカリが居る。どうか無事で、とオルカは柄にもなく、祈る様な思いだった。


 オルカは注意深く、クジラの谷の街の端まで移動した。クジラの谷の街は貝やフジツボの他に、クジラの骨を趣ある装飾で掘り出した集合住宅が並んでいた。それらの骨は時間経過の為か、その装飾を更に美しく見せる様セピア色に染まっている。街灯がオレンジ色に灯り、ゆらめいて街を照らしていた。寒いので人々は厚いコート羽織り、足早に歩いている。オルカは自分の服が随分軽装である事に気付き、その後やっと寒さを感じた。なんとなくヤドカリの間切(マキリ)を握りしめ、街の様子を探る。


 その時、小さな子供が建物の影に隠れて、何かから逃げているのが目についた。その子はフードを深く被り、物陰に隠れ周りを気にしながら、偶然オルカの方に向かってきた。大人の男三人がその子を追っており、かなり距離を詰められていた。子供はオルカのすぐ横の、積み上げられたクジラの骨の影に隠れた。男三人が走ってきて乱暴な口調でオルカに尋ねる、

「おいっ、お前!ここいらで子供を見なかったか?」

オルカはさりげなく、隠れた子供が見えなくなる場所に立ち、子供が隠れている骨とは反対の路地を親指で刺して、

「フードを被った子供があっちに行くのを見たぜ」

と言った。二人は直ぐに路地に向かって走り去ったが、男の内の一人はオルカを睨み、

「本当だろうな?」

と凄んだ。オルカは肩をすくめて

「信じないなら聞くなよ」

と言い、さっと屈むと男の足を蹴りで払った。男は足を取られて背中から道に倒れる。フードを被った子供はそれを見て素早く逃げた。子供は必死で走り、少し離れた路地で呼吸を整えた。その後ろから、いつの間にか追いついたオルカが声をかける。

「おい、ちょっと話を聞きたい。」

子供は警戒して少し後ずさったが、まだ走り出せるほど呼吸が戻っていなかった。

「俺はあやしい者じゃない。人を探してる。」

オルカは少しでも警戒が解けるよう、少し屈んで子供の目線に合わせる。いつもならヤドカリが隣にいて、彼の容姿が子供の警戒を解いていたのだと、その時気付いた。そこにカマイルカの子供がやってきて、オルカの横で止まった。子供はイルカを見てやっと口を開いた。

「そのイルカ、おじさんの?」

「このイルカはお兄さんの友人のイルカだ」

オルカは少しだけ、お兄さんと言う言葉に力を入れた。

「イルカと仲良しの人は悪い人じゃないって、ユーファウシドさんが言ってた」

「お前、なんで追われてた?」

「私が書類を盗んだの。さっきはありがとう。上手く隠してくれたり、逃してくれて。」

そう言って子供はフードを取る。幼い子供は亜麻色の髪を三つ編みにした女の子だった。

「私、スズメといいます」

「俺はオルカ。よろしくな。お嬢さん。」

オルカはそっと手を出すと、スズメと握手をした。

「ここだと目立っちゃうから、少し移動してもいい?お話しても、オルカさんの人探しの役に立てるかはわからないけど」

とスズメは言いながら歩き始める。そして古い地下道にオルカを案内した。隠してあった灯りを地下道の壁の穴から取り出して灯し、歩きながらスズメは言った。

「オルカさん、このクジラの人じゃないでしょ」

「なんでわかる?」

「イルカを連れているし、服装もおかしいし……あとね、ここの人ならあいつらに逆らわないから」

「誰も逆らわないやつらから、スズメは書類を盗んだのか?」

スズメは振り返ってオルカを見て続けた。

「私達はあいつらとは仲良く出来ないから。だから薬の効果を研究した書類を盗んだの」

「そのユーファウシドって人に頼まれたのか?子供なのに、危険だろ?」

「ユーファウシドさんは私達のリーダーなの。私が志願して書類を盗んだのよ」

「その薬ってのはなんの薬だ?」


「人間の脳の働きの一部を抑えて、一部を活性化させるの。あいつらはそれで、強い兵士を作ろうとしてるらしいの」


「それはなかなか……凄いな。このクジラは色々と進んでいる」

オルカは感心したように言った。スズメはまた歩きはじめる。彼女は歳の割に利発で色々な事を話した。

「オルカさんのクジラはどんなところ?」

「俺のクジラはもう滅びかけのクジラさ。何も無くなってしまった」

「そうなんだ。ここには滅びはないの。でもずっと真っ暗」

「そうらしいな。気持ちがおかしくなる人が多いと聞いた」

「未来の資源を心配しなくていいんだけど、寒いし、人生の意味を見出せなくて、塞ぎ込んだり自分から終わりを選ぶ人もいるのよ」

「贅沢な悩みだな」

「滅びかけのクジラの人達から見たら、そうよね。私達には切実な悩みだけれど」

スズメは少し笑って言った。

「でも、私も他の人もこのクジラの谷で産まれて、暗い街しか知らない。私は、ここの、ずっと街灯に照らされている、美しい街が好き。」

そして地下道の脇の扉の前に立つ。

「ここよ。私書類を届けないといけないから」

「おい。俺に隠さなくていいのか?」

オルカの方がここがどの様な場所か、瞬時に察して焦る。

「私、あなたは信用に値すると思うの。私も人を探してる。あなたの目には嘘がない。」

スズメはさらりとそう言って特別なリズムのノックをすると、中から扉が開いた。


 中には大人達が十人位いた。スズメを見て、その後ろにいるオルカを見る。その瞬間に大人達の半数が水中ボウガンをオルカに向けて構えた。

「書類を持ってきました。この人は私を助けてくれた。困っていたからここに案内したの」

とスズメが言うと、部屋の奥から一人の男が現れた。濃いグリーンの髪色と赤味がかった瞳、健康的な肌色をした、オルカより少し若い男だった。

「スズメ、よく無事に帰ったね。良かった。この人の事を教えてくれるかい」

「はい。この人は人を探してこの谷に来ました。大切な友人だそうです。野生のイルカとも心を通わせています。私があいつらに見つかりそうな時、機転を利かせて助けてくれました」

その説明を聞いて、男が大人達にさっと手を上げると、大人達はボウガンを降ろす。

「失礼な態度で迎えてしまってすみません。スズメを助けてくれたこと感謝します。俺はユーファウシドです。」

そう言ってユーファウシドは手を差し出した。

「オルカだ。」

そう言ってオルカはユーファウシドと握手を交わした。

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