↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/23

最終話#4 影を食べる


 ヤドカリは寝静まった夜、音を立てないように布団から出ると、自分のスクーターを用意した。食料はほんの少し、多分あまり食べられないから。自分用の水中ボウガンは、いつもオルカが手入れをしてくれた。護身用の間切と……大切な海蛇のギターを積み込むと、読みかけの本は荷物になるので置いていく。感情を無理矢理押し込めて荷物を背に積む。音を立てないようにハッチを開き、スクーターを船の外に出す。注意深くオルカの寝ているベッドを確認する。

 

 少し前からおかしいと思っていた。最初は夜寝られなくなった。それでも昼間は平気だったが、段々と疲労感に苛まれるようになった。ヤドカリはまだ若いので、寝て疲労が回復しない事なんて経験が無かった。風邪を引いても、本来なら数日寝たら回復に向かうのに、この疲労感は何日経っても良くならない。寧ろどんどん悪くなる。ある日鏡をよく見ると、自身の髪のミルク色の部分が、僅かだが増えているのが分かった。この体調不良をオルカ相手に隠す事が、一番大変だった。彼はいつもヤドカリを気にかけていたから。このまま髪の色まで隠し切れるわけがない。

 食事が喉を通らなくなる。昼間なのに眠くなる。このまま悪くなっていったら、多分自分は動けなくなるだろう。そして……その後は……。


 自分にもしもの事があったら、オルカはどうなるだろう。以前から自分自身を責めてきた彼は、これ以上の喪失に耐えられるのか。


 僕の存在はオルカさんにとってどれくらい?


 分からない。でも、オルカの前で弱っていく訳にはいかない。そんな事なら一人で何処かに行ってしまう方がいい。オルカさんには、僕が何処で何をしているか分からないと、そう思われた方がいい。身体が動く今ならまだ、それが実行できるだろう。

 オルカさんにはしっかりとクジラの歌が聞こえる方角を伝えて、クジラの歌が強く聞こえるところまで行けたら、その時になったら……。


 あの時、オルカさんに助けてもらって、今日まで生きながらえた。ラッキーだったんだ。もう何も望むのはやめよう。

 本当はもっとずっと、オルカさんと一緒に居たい、なんて。


 ヤドカリはスクーターに跨るとスクーターを潮の流れに乗せる。船から離れたところまで流されてからエンジンをかける。

 夜の外洋は不気味だ。自分はとてつもなくちっぽけだ。夜の海はヤドカリの影を食べてしまうようだ。

 そう思っていると、あのカマイルカの子供が泳いで来た。

「お前は僕の言葉を本当は分かっているね。オルカさんと一緒に居てあげて欲しいんだ。これは僕の最後のお願いだ」

ヤドカリはカマイルカを撫でながらそう言った。カマイルカは悲しそうに少しだけ鳴いた。

「僕の事はもう放って置いて欲しい。ごめんね」

そう言ってヤドカリはスクーターのスピードを上げる。

 どこか、この外洋を抜けて、少しでも浅いところで静かに一人で最後の時間を……

 どこか、オルカのいない、何処かで、何処に……


 ずっと無表情で、自分自身にすら心を隠していたヤドカリはスクーターを走らせながら、やっと涙を流した。それは止めどなく頬を伝って流れた。涙の暖かさが自分に生の実感を与える。涙で視界がぼやけても、それを拭う事もせず、ただ進む。寂しい。オルカとの楽しい旅の記憶が蘇った。この旅は、自分の短い人生の中で一番穏やかな時間だった事に気付く。


 ヤドカリの疲労はピークを迎えていた。殆ど二日間寝ていない。スクーターのハンドルを握る手にも力が無くなっていく。ヤドカリのスクーターはどんどん海の深みに落ちていった。海は下に行くと急に冷たくなる。急に潮が変わり水温の境目があるのだ。それの境を何度か越えると、暗くて寒い海の底に着く。そこはやはり白い砂漠のような場所で、ただ暗くて寒い。音もなく、匂いもない。クジラの歌はまだ聞こえていた。ヤドカリは力尽きて、スクーターの横で丸まって倒れ、強烈な睡魔に襲われた。

 

 オルカの作ってくれたギターを抱きしめる。

 凄く寒かった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。