おっさんを地獄に送ったらメスガキになって帰ってきました③
途中で視点が切り替わりますのでご承知おきください。
「どうしたよ」
「見て分かりませんか。レギオンです」
レギオンとは複数の魂が融合して暴走した個体の総称です。
私が最初に魂葬した魂もレギオンでしたが、あれは融合中で大人しかった。
しかし目の前のそれは、明らかに暴走状態にあるようでした。
その証拠にほら。こちらに全速力で走ってきています。
「しゃーねぇ。俺が」
「あなたじゃ無理です」
無論、私にもどうすることもできません。
レギオンなんて早々発生するモノではありませんし、出現しても事務所で警報が鳴ったのをルメル様が対応していました。
つまり、私が行うべき最適解はレギオンとの戦闘ではなく。
「ルメル様!」
代行章の指輪を前方にかざして名を呼びました。
瞬間、閃光が迸り、ルメル様が召喚されました。
いつものごとくに全裸で、片手には湯気の立つコーヒーの入ったカップを持っています。
おそらく椅子に座っていたのでしょう。転送されたのは本人のみなので、支えを突然失ったルメル様は尻餅をつきました。
「あっちぃ!」
同時にアツアツのコーヒーを体にこぼして転げまわっています。
……ごめんなさい。ふっ、ぐっ、んふっ、いえ笑ってなどいません。
レギオンも驚いているのかピタリと立ち止まって警戒している様子です。
「ルメル様、レギオンです」
「見れば分かるよ。ってか先に言うことあるくない?」
「服を着て下さい」
「そうだけどそうじゃなくてさぁ」
ルメル様は赤くなったお腹をさすりながら、パチンと指を鳴らして着替えました。仕事とは思えないほどラフな部屋着のジャージ姿です。
「で、なんで俺は呼ばれたわけ?」
「助けていただこうかと」
「んー、まあいいけど。そろそろああいうのも対処できるようにしようか」
「承知しました」
「嫌だとは言わないのね」
「言ってもやらせるじゃないですか」
「それはそう」
「というよりほら、そろそろ痺れを切らしますよ」
「んじゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいますかぁ」
◇ルメル視点◇
レギオンがじりじりと睨みを効かせながら機を窺っている。
うーん、どうしようかな。ちゃっちゃとやるとか言ったけど、そんなにやる気ないんだよなぁ。弱そうだし。急に召喚されてひどい目にあったし。
まあ判断としては妥当なんだけどさ。
あの二人じゃまだ戦えないだろうから。
なんてぼーっとしていたら、レギオンが攻撃してきた。
腕を伸ばし、手を狼の顔に変化させ、大きな口を開け噛みついてくる。
腕を出してみるとものの見事に噛みつかれた。
「ルメル様!」
「旦那!」
二人が焦った声を上げたけど、なんてことはない。
牙が薄皮一枚すら貫くことはないし、なんとか噛み千切ろうと頑張っているのを見ているのは愛くるしさすらある。
これはあれだ。赤ちゃんが音の鳴るおもちゃを口に咥えて離そうとしない感じのあれに似ている。
比較するとそんなに可愛くないし、べたべたとよだれが汚い。
それに、そろそろ離してくれないと大変なことに——。
と思った瞬間、噛みついていた狼の顔と伸びていた腕が、空気を入れ過ぎた風船みたいに膨張して弾け飛んだ。
あーあ、言わんこっちゃない。言ってないけど。
レギオンはびっくりしながら後退して距離を取る。
そんなに怖がらなくてもいいのにな。
煙みたいに霧散し漏れ出る魂の残滓を留めようと、吹き飛んだ右肩を押さえてこちらを睨んでいる。
いやあ、でもすごいすごい。
俺は百パーセントの賞賛の意味を込めてぱちぱちと拍手をした。
なにせあのまま自ら腕をちぎらなかったら、体ごと爆散していたのだ。
しかもあの程度の格の魂にとって、腕が消滅するなんてのはほとんど死に等しいはずである。魂の総量が減れば必然、自我も消えてなくなるのだから。
それにも関わらず、今の一瞬で片腕を引きちぎったその判断の早さと潔さ、そしてなおも自我を保っている強靭な精神は感嘆に値する。
タイミングの幸運もあったにせよ、成し得たことは十分に誇っていい。
レギオンなんかにならなければ、核となった魂をスカウトしたかったくらいだ。
だが、悲しいかな。規則によって裁かなければならない。
相手方も察したのだろう。これで最後だということを。
体を屈めて四足歩行の呈を取り、生やした尻尾で全体のバランスを整え、太く長い二本の牙を伸ばして、ぐっと力を込め突進してきた。
その牙が俺の喉元へと迫ってしかし、パン、という音と共に生首が足元へと転がった。首から下には先ほどまであった体はどこにもない。
そう何度も起こり続き得ないからこそ、幸運だったのだ。
レギオンと目が合った。
何が起こったのかも分からず、ただひどく怯えた目をしている。
頭だけで器用にぶるぶると震えると、ただの魂へと戻ってしまった。
自我を保つことさえできなくなったということだ。
手向けはせめて丁寧に送ってあげよう。
「ラベルテ」
魂の一部をちぎって履歴書を作りざっと目を通す。
おお、この魂はドラゴンの子どもだったらしい。
卵から孵って初めて目にしたのは人間だった。
その人間に育てられ、一緒に旅をして、同じ種族の群れに出会い、人間と別れて群れの中で暮らしていた。
だがある時、住処に人間がやってきた。あの人間とは別の人間だった。
最初は友好的で交流が行われていったが、すぐにドラゴン狩りが行われた。
その筆頭にいたのはあの人間だった。
ドラゴンは戦い、瀕死の重態になって捕らえられ、実験に使われたと。
なるほどね。なかなかどうして、壮絶な人生、いやドラゴン生を送っていたわけだ。魂の核の強さも納得である。本来なら地獄へ直行だった。
しかしまあ、そのほとんどが消滅してしまったので、今さら地獄に送る必要もなさそうなのが多少の救いとなるだろうか。
とまれ、ひとまず魂葬してしまおう。
「天使長ルメルと裁定の神リベラの御名において命ずる。
主の起源へと回帰し輪廻の回廊を辿れ」
現界へと至るための判子を押して、
「カロシーデ」
ボッ、と履歴書が青い炎に包まれ、魂が光の粒子となって消えていく。
履歴書が灰も残さず燃え尽きるのと同時に、ドラゴンの前世で最も強い記憶が流れ込んできた。
これは人体実験の様子か?
爪や牙や鱗を剥がされ、あの人間へと移植されていく。
自分の部位だけでなく、色々な動物の部位を掛け合わされているようだ。
目玉がくり抜かれて、人間の目がオッドアイへと変わった。
胃と肺を摘出されて、人間は火を吐くようになった。
心臓が移植されて、最後に見た光景は人間が爆ぜる瞬間だった。
当たり前だ。人の体ごときが耐えられるものではない。
ふふっ。一緒に死ねたことを、誇りに思おう。
うーむ。やはり中々、ここ最近で見たもので一番印象深い記憶だった。
俺でさえ危うく同調しかけたくらいなので、アルカやメスガキなら乗っ取られていてもおかしくなかったやもしれない。
それにしても、レギオンのあの姿はこの人間の成れの果てを模したものだったというわけか。魂になってなお、それほどの愛が残っていたのか、はたまた。
「ルメル様?」
「ん、ああ終わったよ」
俺の名を呼ぶアルカの顔には、少しばかりの不安の色が見て取れた。
少々、魂葬を丁寧にやりすぎた。普段が雑なだけに、これでは何か異常があったのではと心配されても文句は言えないだろう。
「特にお変わりはなく?」
「問題ないよ。あの程度なら何杯でもいける」
「次からは追加料金が発生するそうですよ」
「じゃあもう帰ろうかな」
「そうしましょう」
俺は事務所の方向へと踵を返した。
召喚で転送されるのは一瞬なのだが、戻るのは自力というのがなんとも面倒なことこの上ない。まあ事務所は座標があるから転移できるんだけど。
「ちょっと待ってくれ」




