おっさんを地獄に送ったらメスガキになって帰ってきました①
「ただいま戻りました」
事務所のドアを開けて帰りを告げたアルカは、怪訝な表情とゴミを見るような目をして立ち止まった。
「おかえりー」
「ルメル様にそんな趣味があったとは驚きです」
「誤解だよ。これは自主的なやつだから」
「じゃあなおのこと怖いんですけど」
ちらとその汚物に目線をやって溜め息を吐くと、アルカは最近事務所に置いた冷蔵庫の扉を開けて「ルメル様」若干の怒気をはらんだ声で俺を呼ぶ。
「私のプリン食べました?」
「食べてないよ」
「ではそのデスクの上にある容器は?」
「これ? プリンの容器だね」
「中身がないように見えますけど」
「いい目をしてるね。その通りだよ」
「食べたんですね?」
「俺は食べてないよ」
アルカの目が再び、地面に土下座している幼女へと向けられた。
ツカツカツカと足音を鳴らし、幼女の傍らにしゃがみむと、後頭部の髪の毛をわし掴みにしてぐいと持ち上げ、その顔を覗き込んだ。
「いで」
「あなたですか? 私のプリンを食べたのは」
「いやそうだけど。そんなことよりこの状況で俺よりプリンかよ」
「あなたの土下座にプリンほどの価値も感じません」
「ほんと……、天使ってこんなやつばっかりだな」
まったく可哀そうに。天使にまともな倫理観を持ったやつなんているわけがないだろう。夢も理想も自由だが、他者に求めるのはお門違いである。
「私は比較的にまともな方です」
「ガキの土下座にこの仕打ちをしておいて?」
「ガキの土下座なんて普通でしょ」
「だんなぁ。こいつに道徳の授業と温かい毛布をやってくれよ」
残念、もう手遅れなんだなぁこれが。彼女はここ最近の激務ですっかり身も心も天使のそれになってしまったのだよ。
まあその激務を押し付けてるのは俺なんだけどさ。
「それで、これはなんなんですか?」
髪から手を離したアルカは土でも掃うみたいにパンパンと手を叩く。
「ここで働きたいんだって」
「いいですね。採用しましょう」
「勝手に決めないでよ。というかなんで乗り気なん」
「それは……」
アルカがちらりと幼女を見て言い澱んだ。
短い付き合いではあるものの、彼女のことは大体分かってきた。
アルカは嘘を吐かない性格だ。
ただしTPOによる。
その代わりに、真実を取り繕うことに重きを置いている。
ただしTPOによる。
今だってきっと、耳触りの良い言葉を考えていることだろう。
もろちんTPOによる。
「従業員が増えれば私の仕事が減るからです」
そうしてまた同時に、彼女は面倒くさがりな性格のようで、考えるのも面倒くさくなると本音をそのまま言ってしまうのだ。
幼女を見てみろ。さっきまで味方が現れたとばかりに目を輝かせていたのに、「こいつやべぇ」と頬を引き攣らせているじゃないか。
おかしいな。採用した時はこんな感じじゃなかったのに。
というか前世から性格変わりすぎじゃない?
「それはそれこれはこれ、前世は前世です」
「あっそう」
こいつ、平然と俺の心の声と会話しやがった。
いくら読もうと思えば誰でも読めるようにしているとはいえ、節度というものは守ってもらいたい。
なぜって、急に会話を繋げられるとびっくりするからだ。
ただまあ、言ってることには一理ある。
「それでどうするんですか?」
「そうだね。一応、魂の格はギリギリ合格ラインになったし、アルカ一人じゃ大変だろうし、ひとまず採用して様子見かな」
「マジか! ありがてぇ恩に着るぜルメルの旦那」
「じゃあ一通りの業務はアルカが教えてあげてね」
「お任せを。私がサボ……ごほん、私がサボれるようにきっちり教育をしておきます」
「なあおい、言い直すならちゃんと取り繕ってくれよ」
「そんじゃよろしくねー」
「はい。では早速外回りに行きましょう」
「無視かよ」
何やらメスガキがぶつくさ言っているけれど、この手の輩は構ってあげないことも重要だ。こちらがボケると一生ツッコんでくる。
というか君、外回りから帰ってきたばかりだというのに仕事熱心だね。
アルカは事務所のドアノブに触れてふと、こちらを振り向く。
「ルメル様」
「うん?」
「プリンの補充、お願いします」
「ああ、うん」
それだけ言うと、ガチャリとドアを開けて彼女が出て行き、その背を追って幼女もといメスガキも出て行った。
しかしまあ、地獄に送った筋骨隆々のおっさんが、いったい何をどうすればあのような姿かたちに変わるのだろうか。
あっ。
アルカにそのことを伝え忘れたことに、たった今気が付いた。
ま、まあなんとかなるでしょ。
まさか変身自在なわけでもあるまいし。
……プリンのついでにケーキとかも補充しておこうかな。




