見習い天使の雇用②
「うるさっ。なんですか急に」
「早速仕事だね。行こうか」
そう言って俺が立ち上がると、彼女は「待ってください!」出会ってから一番大きな声を出した。
「なに?」
「服を着て下さい」
「え? ああ、ほんとだ忘れてた」
基本的に事務所は俺一人だし、外回りも区画内に他の天使が入ってくるのは稀なので油断していた。とはいえいらんだろ服なんて。他の天使はいざ知らず、神様とか基本全裸か布一枚羽織ってるだけだよ?
「なんでやれやれみたいな顔してるんですか」
「大げさだなぁって」
「全裸で仕事してるのが大げさじゃなくてなんなんですか」
うるさいので一応の服を着てふと、彼女のスーツ姿が気になった。
「なんですか」
「その恰好だとここじゃ浮くと思うよ」
「いや、でもどうしろと?」
じろりと彼女の全身を眺め、よし決めた。
「俺が指を鳴らすとメイド服に変わるよ」
「はっ? いやなにを」
ぱちん。
「きゃっ」
彼女は頬を赤らめて股下のスカートを押さえ前屈みになった。
「似合ってるね」
「これのどこがメイド服なんですか。ただのエロコスプレじゃないですか」
そんなことを言われても、天上界で流行っているメイド服はこれなんだから諦めてくれ。ちなみにスカート丈は膝上二十センチ、実に良心的だろう。
「さ、行こうか」
「え、ほんとにこれで行くんですか」
「ほら早くしないと」
「ちょ、」
俺は彼女の手を引いて事務所の外へと出た。
まあ事務所と言っても某四角い世界の豆腐建築みたいなものだから、ドアを開ければすぐに外なのだが。
本当はもっと凝った造りにしたいんだけど、悲しいかなよく破壊されるのだ。
おっと、そんなことより座標はっと。
目を瞑り、脳内に表示された位置座標を確認して飛ぶ。
「え、え?」
転移した先、目の前にいたのは全身に拳大の腫瘍をぼこぼこと浮き上がらせている、幼児の姿をした魂だった。
地面にうずくまって「うぅ」とか「ギッ」とか「ぐぅ」とか代謝のような音が漏れ聞こえている。どうやら完全な融合はまだ果たしていないらしい。
なんと都合のいいことだろう。初めての仕事にぴったりの相手である。
「さ、初仕事だ。俺の真似をして」
彼女は呆けたまま状況を呑み込めていない顔をしているが、そんなのは俺の知ったことではない。
腫瘍を指でつまんで一部を引きちぎり、「ラベルテ」魂の一部がその前世を記した履歴書へと変化する。
ほーん、なるほどね。
この吸収されかけている魂の前世は子猫だったようだ。
台風か何かの嵐で親や兄弟とはぐれ、命からがらさまよっているうちに烏に襲われ命を落としたと。まあ、よくある話だ。
俺は現界へと魂葬する用の判子を生成して捺印した。
「カロシーデ」
魂の履歴書は青い炎に包まれ灰も残さず燃え尽きる。
同時に、元となった魂の方も光の粒子となって消え去った。
だが腫瘍が一つ消えた程度では、その核となっている幼児の姿をした魂の苦痛が消えることはない。
「君もやってみようか」
彼女は何か訴えたいことでもあるかのような目をしていたが、諦めたのか渋々かつ恐る恐ると魂の一つをちぎってみせた。
「意外と柔らかい」
「魂の格が違うからね」
「これをどうすれば?」
「ラベルテって言ってみ」
「ラベルテ」
唱えると指につまんだ魂の一部が履歴書へと変化する。
唱えなくても念じるだけで変化させることができるんだけど、最初だから丁寧に教えてあげようじゃないか。じゃあちゃんと説明しろよって?
それはそれ、これはこれ。説明すると長くなるから面倒なんだよね。
「あの」
「なに?」
「これ、読めないんですが」
履歴書を受け取ると天使用の標準語で書かれていた。
あちゃー、うっかりうっかり。ちゃんと認識設定しないと天使標準語になるんだった。すっかり忘れてた。
仕方がないので今回は俺が読み、問題ないことを確認した。
「うん、大丈夫そうだね」
履歴書と判子を渡し「押していいよ」彼女は余白に捺印する。
「カロシーデって言ってみ」
「カロシーデ」
ぼっ、と青い炎が燃え広がり、彼女はおっかなびっくり指を離した。
まあ別にこれも唱えなくていいんだけどね。
「あつ、くない?」
「そりゃね、ただの演出だから」
「そうなんですかっ、うぁ」
突然くず折れた彼女は頭を抱えてうずくまる。
「大丈夫?」
「あぁ、んぅ、おぇ」
うーん、ダメそう。
うめき声をあげながら、ぽたぽたと涙とよだれを垂らして地面を濡らす。
ここまで影響が出るとは思ってなかっただけに、俺も少し困惑していた。あまり気は進まないけどちょっと覗いてみるか。
片目を瞑り、指で作った輪っかを彼女の頭に合わせて覗く。




