見習い天使の雇用①
さてどうしたものか。任命されてしまった以上はもはや逃げられない。
椅子に深く腰掛け、腕を組んでぼんやりと天井を眺めてみる。
目下の課題は、目前に控えている業務過多の解消についてだ。
案①:部下を作る。
この場合、その辺の魂を新しく天使とするか、野良天使を雇い入れるかである。当然、業務過多がすぐに改善されることはない。
案②:一人でなんとかする。
業務フローを最適化かつ最効率化して対処する。というかもうすでにやっているので、さらに増える仕事を処理できる余力はほとんどない。
案③:他事務所、事業所へ仕事を投げる。
借りを作ることになる。加えて、ただでさえ先代、先々代から業績が落ちて最下位争いをしているので、これ以上の低下を許容することはできない。
案④:他事務所等から天使をスカウト、あるいはそこと合併する。
スカウトした場合、確実に喧嘩になる。引き抜けるだけの報酬や魅力を提示するのも難しい。合併は神側に権限があるので俺にはどうしようもない。
一度目を瞑り、大きく深呼吸を繰り返した。
ざっと考えてみたが、実のところ選択肢は初めから一つなのだ。
必要なのは、それをやる覚悟だけ。その覚悟も今しがた整えた。
「よし」
そうと決まれば、天界門をここに繋いで採用面接を行おう。
天界門とは魂が現界から輪廻へと送られる際に通る門であり、自我や記憶といった転生に影響が出る情報を本体の糧に還元する、いわば浄化装置である。
しかし時おり、強固な自我を持つものがおり、それらは天界門の処理機能では対処できずに輪廻から放り出されてしまうのだ。
そうしたものたちを俺たち天使が精査して、輪廻や現界への転生を行ったり、地獄へ送ったりする。
あるいはまた、こうして新たな天使として採用するというわけだ。
天界門の一時的な開設手続きを終えると、運の良いことに、さっそく目の前に天界門が現れた。
門が開かれ、光の中から前世の姿をそのままにした魂がやってくる。
長い黒髪にビシッとしたパンツスタイルのスーツを着こなした女性の魂は、メガネの奥に冴え冴えと標榜するような切れ長の黒瞳で、視線の水平往復を一度だけしたのちに、俺へと焦点を合わせた。
「ここが、あの世というやつですか」
やけに冷静に、かつ質問や同意というより確信と確認に近い疑問を口にする。
「その認識でいいよ」
「あなたは?」
眉間のシワが深い谷を作る。警戒心からか、現れた場所から一歩たりとも近づいてこようとはしていない。
はて。見てくれは悪くないと思うし、不審な恰好もしていないはずなのだが。
「俺は魂の管理をしてる天使のルメルだよ。よろしくね」
「はあ。それで、私はどうなるんですか?」
「話が早くて助かるね。君には大きく二つの選択肢があるんだけど」
指を二本立て、もったいぶるように一拍置いた。
「その前に、髪の毛一本ちょうだい」
彼女の眉間のシワがより峻厳に険しさを増した。
頬が微妙に引き攣り、涙袋が膨れて鋭利なナイフのように目が細くなる。
へぇ、左目の下にほくろがあるんだ。
「一応、理由を聞きましょう」
「君の処遇を決めるためだよ」
「話が見えません」
「だから、見せた方が早いから髪の毛が欲しいんだって」
嫌々と溜め息を吐いた彼女は合理的な性格なのだろう。
諦めたように自身の髪の毛を抜き、感情を殺した顔でデスクに落とした。
何がそんなに嫌なのだろうね。別に脱ぎたてのパンツがほしいとか言ったわけでもないのに、そこまで嫌悪感を剥き出しにされるなんて。
一本だけだとただの細長い糸で、何の感慨も湧いてこないしさ。
俺はつまみあげた髪の毛に、ぐっと力を込めて念じる。
すると髪の毛が発光して一枚の紙へと変化した。
ぺらっと上下を反して、紙に書かれた内容をざっくり斜め読みしていく。
「あの」
「んー、ちょっと待って」
なるほどなるほど。
前世は人間の女性で享年は三十二歳。
典型的な核家族で一人っ子、親戚等とのつながりはほとんどなく、彼女が二十歳の時に両親が他界し天涯孤独になる。
完璧主義な面が強く、それを他者にも強要してしまう節がある。
そのせいで仕事中に同僚とのトラブルに発展。
出世街道を走っていただけに、上司からはよく思われておらず、トラブルにあやかった彼女の部下と結託してパワハラの内部告発がされた。
彼女は会社をクビになり、転職しようにも採用試験を受ける会社に根回しされ、ことごとく悪い情報が出回り就職が困難になった。
家族もいない。親しい友人も恋人もいない。仕事も失い孤独を抱え、最後は自殺をしてここに来たというわけらしい。
これだけ見るとコミュニケーション能力に難がありそうなのと、劣等感からくる自尊心の低さが気になるところだな。
ただし、業務遂行能力は非常に高いし、何よりすでに魂の格的には中級天使に至れる素質さえ秘めている。
これは中々、最初から当たりを引いたかもしれない。
「おっけー、君採用ね」
「は、いや、え、ちょっと待ってください」
「なに?」
「状況がまったく分かりません。説明を求めます」
「察しが悪いなぁ」
「あなたの説明不足です」
言われてみれば、たしかにそれも一理ある。
でもなぁ、説明すること多すぎて面倒なんだよな。
というか「分かりました」以外の返事を求めてないんだよ。
とはいえ俺の部下になるわけだから、話くらいは聞いてあげないとか。
「何が知りたいの?」
「いや全部ですよ。ここがどこであなたが何で私は」
「手短に、あと簡潔にしてくれる?」
目を伏せ少し考えた彼女は、「では一つだけ」瞳からハイライトが消えていた。
「私を部下にするなら、あなたが私より優秀であることを証明してください」
ぱちぱちと瞬きをして、湧き出る思考が渦を巻く。
なぜ、どうして、証明して何になるのか。もっと他に聞くことないの?
色々と言いたいことはあれどそれらを飲み込み、俺も一つ質問を返した。
「どうやって?」
「方法は問いません。私にそうだと認めさせてください」
「無理じゃね?」
くそみたいな条件だ。言いがかりや難癖をつけ放題なうえに、例え認めたとしても「認めていない」と言われればそれまでである。
実質不可能なことをさも当然のように要求してくれるとはなんと図々しいことだろうか。それでこそ、俺の部下に相応しい。
「いいよ。その条件をのんであげる」
俺は手に持っていた紙をデスクに置いて、空中から作り出した天使採用判子で捺印する。また、青い炎を灯して燃やし、雇用契約を完了させた。
「これで今日から君は見習い天使だ」
「まだそうと決まったわけでは」
「大丈夫。嫌なら辞めたっていいし」
「辞めれるんですか?」
「無理だね」
「じゃあなんで勝手に判子を押したんですか」
「だって期限とか決めてないから」
そう。目には目を理不尽には理不尽を返すのが道理だ。
方法は問わない。期限もない。それなら、彼女が俺を優秀であると認識するまで一緒に、永遠に、仕事をさせればいい。
これなら優秀だと認めようが認めまいが、実質同じことである。
因果応報とはまさにこのこと。ははっ、ざまあみろ。
彼女は眉を上げて丸くした目を戻し、ふっと小さく笑った。
「合格です」
「あっそう。そりゃよかった」
どうやら試されていたらしい。上司を試すなんて悪い部下だ。あとで面倒な仕事全部丸投げしよう。
「じゃあこれからよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
先ほどまでの剣呑さが嘘のように、彼女は柔らかな笑みを湛えていた。
……あ、そうか採用したからか。ははは、うっかりうっかり。
まあ、やってしまったものは仕方がない。次から気を付けよう。
これにて採用面接が一段落した、というのも束の間、ジリリリリ! けたたましい警報が事務所内に木霊した。




