戦闘訓練と職業訓練①
右ひざにメイを左ひざにアンを寝かせて頭を撫でながら、俺はベンチに座って他二人の様子を見守っていた。
「どわああああああ!」
少し離れたところで爆炎が上がり、真っ黒焦げになったネネが雄たけびを上げながら飛び出してくる。
レギオンもどきの追撃に対応できず、組み伏せられ、ボコボコと殴られているが、その煽りだけは健在だった。
「くっ」
アルカは蝿のレギオンもどきと何やら睨み合っている。
お見合いでもするのだろうか。かれこれ数分はずっと膠着状態だ。
彼氏いない歴=年齢だったアルカにはまだ早かったのかもしれない。
「それ、いま、関係、ない、でしょ!」
印を結ぶ手をぷるぷると震わせて途切れ途切れの反論が聞こえてきた。
ふっ、冷や汗だらだらの状態で何を言っても説得力なんてないぞ。
どれだけ怒声を上げられてももそよ風のごとし。
あ、でもメイとアンが起きるからあまり大声はやめてね。
しかしまあネネ同様、アルカにも前回の火を吐くレギオンもどきと戦わせていたのだが、いつの間に実力を上げたのか、早々に勝ってしまった。
それでは訓練にならないので、ついこの間まで手も足もでなかった蝿のレギオンもどきと戦闘してもらっているというわけだ。
これ以上やっても進展はなさそうだけどね。
「はい集合」
パンパンと手を叩き、レギオンもどきたちの動きを止めた。
「だらだらしない。小走り」
急に緊張が解けたからか、その場に留まり乱れた呼吸を整えようとしていた二人に集合を促す。休んでる暇なんてないぞ。
「アルカは戦い方が一辺倒すぎ。もっと工夫して」
「はい。あの、具体的には」
「閉じ込めることを意識しすぎ。本来はもっと自由度の高い能力だよ」
「具体的って意味知ってます? いえ、まあ承知しました」
「ネネは……まあ、ね」
「いやはっきり言ってくれよ」
はっきりも何もなぁ。だってこいつ天使兵装使わねぇんだもん。能力についてアドバイスしようにも使わないんじゃ何も言えないだろ。
というか、さ。
なんでずっと煽ってるだけなの?
なんで縛りプレイやってんの?
そういうポリシーみたいなのがあんの?
事情は知らんけど、当人の選択ならなるべく尊重してあげようって俺の優しさと心意気は汲んでほしいよね。
「あなた天使兵装使ってなかったんですか?」
あ、言いやがったこいつ。
戦い方より先にプライバシーとデリカシーを教えた方がいい気がしてきた。
「オープンにしている方が悪いんです」
「はっ? いやいや待てよ。使ってるだろ」
悪びれた様子も一切ないアルカをよそに、ネネは困惑した表情を浮かべていた。
「使ってないよ」
「じゃあ煽ってヘイトを向けるのって」
「それは魂の特性だよ。強いて言うならメスガキ特権」
「無傷なのもその特権なのかよ」
「そっちは常時発動してる能力。俺が言ってるのはパッシブの方ね」
「マジか」
ネネは愕然として俯く。
え、本当に知らなかったの?
いやいやいや、普通おかしいと思うでしょ。
いくら地獄から帰ってきたからと言って、筋骨隆々のおっさんが正反対とでも言うべき非力なメスガキになったんだよ?
それが能力によるものじゃなかったら、いったい何だって言うのさ。
「私が聞いた時は特性も天使兵装だって言ってませんでしたっけ?」
「そうだっけ? 覚えてないや」
「面倒くさくててきとうなこと言いました?」
「そ、そんなわけ」
だって長々と説明するのって疲れるじゃん。いやでも本当に覚えてないんだよ。というかどこで何をどう言ったかなんて一言一句覚えてる方が怖いよ。
「私は覚えてますよ」
「ほんとに? どうやってんの」
「読み返せばいいんです」
「それ反則じゃん」
世界の理を軽々越えようとするのやめてくれないかな。
それがバレたら怒られるの俺なんだけど。
「ではやりたい放題できますね」
「やめてよ。お前本当にやりそうだから」
アルカって変に思いっきりのよさがあるんだよな。ダメって言われてないからやっていいと思いましたって平気で言ってきそう。
ダメって言ってもやりそうなのは、まあ、この際無視で。
「よし」
ネネは顔を上げてパシッと頬を叩いた。
「俺の能力を教えてくれ」
「縛りプレイはやめるの?」
「元々やってねぇよ」
「しめ縄持ってきましょうか?」
「物理的に縛ろうとすんな」
「しめ縄はそういうプレイ用じゃないよ」
「そうですよ。あんな太いので亀甲縛りなんてできません」
「ああもういいよ俺が悪かったって。いいから早く教えてくれ」
何やら吹っ切れたようだが、そもそも悩む要素ってあったか?
それとも自身のアホさが想像以上で悲しくなったのかな。
でも君、生前から脳筋だったじゃん。何を今さらって感じだよ。
ともあれ教えてくれと言われれば教えてあげるのが情けというもの。
「ネネの能力は反転だよ」
「反転?」
「おでんに入ってる白い塊ですね」
「それははんぺん」
「おへその下にある」
「それは丹田」
「耳かきの先端にある」
「それはぼんてん」
「なあ、もういいから」
「ユーモアも分からないとは。これだからメスガキは」
「ほんとにね。ちょっとした天丼じゃんね」
「分かった俺が悪かったから。で、はんぺんがなんだって?」
「はんぺん? なんですか急に。真面目にやりなさい」
「こ、このやろぅ……」
「反転ね反転」
別に深い意味や裏があるような能力ではない。
ただ単純に、自身の特性などを反転させるというものだ。
「そう言われても分かんねぇよ」
「試してみた方が早いかもね」
というわけでやってみよう。なに、やり方は簡単だよ。
まずは頭の上で両手の指先を合わせてイカの頭みたいに三角を作る。
次に足を肩幅に開いてガニ股に膝を曲げ、大きく息を吸い込んでこう叫ぶ。
反・転!
「『反・転!』」
……何も起こらない。はははっ、バカみてぇ。
「バカみたいなポーズですね」
「思っても言わなかったのに」
カーっと赤くなるネネの額には青筋が浮かび、ぴくぴくと痙攣している。
怒りの導火線に羞恥の火種が迫り、今にも爆発寸前というまさにその時、カッとネネの体が眩い光を放ち、俺たちの視界を白く染め上げた。
「お、おお、おおお!」
感嘆符の「お」の三段活用が聞こえてきて、光の収まったそこには、メスガキとは似ても似つかない、まさしく正反対の筋肉だるまが立っていた。




