戦闘訓練と職業訓練②
古代の神殿を支える大理石の柱を思わせるふくらはぎ、樹齢千年の大木のようなハムストリングス、エアーズロックもかくやというほどの尻肉、艦載機はおろか大きめのジェット機さえ離着陸可能な空母を思わせる背中、肩から腕にかけては大空を翔る天使さえ嫉妬する翼であり、その身長は三メートルを優に超えていた。
完成されている。まさしく筋肉の権化とでも呼ぶべき肉体美。
俺が出会った時はこれほどまでではなかった。
いったいいつ仕上げたというのか。もはや圧巻と言葉を失うばかりだ。
彼の自信の表れだろうか。
心なしかオイルを塗ったようにテカっているし、なぜかスポットライトが当たっているように光り輝いている。
「きっしょ」
アルカが横でぼそりと呟いた。
まったく、青いね。あの美しさが分からないとは、所詮は女か。
よく見てみろ。あれは逸材だ。至高の領域に近い。お前も鬼になれ。
ネネは何かを確認するように、色々とポーズをとっている。
ここがボディービル会場だったなら、間違いなくコールしているところだが、まあさすがにそれは自重しよう。
俺もちょっと変なテンションになっているみたいだし。
「ルメルの旦那。恩に着るぜ」
低く野太い声が腹に響き、五臓六腑をこれでもかと揺らす。
「今の俺は最強だ」
ネネはぐっと腰を深く下ろし、拳をレギオンもどきに向かって構える。
ふーっと肺の空気を全て出す勢いで息を吐き、流麗に正拳突きを繰り出した。
音を置き去りに、否、そのエネルギーは何に変換されるでもなく、また余すことなくレギオンもどきへと到達した。
まるで静寂。巨大なエネルギーの塊は、着弾まで己が何者であるのかをさえ忘れていたような虚無がそこにはあって、しかし!
瞬間、隕石でも落ちたのかと錯覚するほどの轟音と突風が吹き荒れた。
「ひゃっ!」
「ひぃ!」
爆発音で俺の膝を枕にしていたメイとアンが飛び起きた。
何が起きたのかも分からないまま、二人は咄嗟に俺の後ろへと回り隠れた。
うんうん、ごめんねあの筋肉だるまが。それと躊躇なく俺を盾にできるのはなかなかどうして、判断力に優れているね。
アルカこっちを見るんじゃありません。これは皮肉だよ。
そうこうしていると音と風が収まり、世界は元の姿を取り戻していく。
視界良好。聴覚正常。
異常と言えば、レギオンもどきは跡形もなく木っ端みじんに吹き飛んだこと。
ではなく、ネネの体から煙が噴き出し、ボンっと音を立てて小さな爆発が起きたそこには、元のメスガキの姿があったことだ。
「な、なんで」
あまりの出来事にネネは言葉を失い、地面に手をついて項垂れている。
さっきの筋肉への変身時に服が弾け飛んでいるので、全裸の幼女が四つん這いになっているという、変態が飛んできそうな絵面である。
まあでも、なんでって、当然の帰結じゃない?
「あの筋肉も能力ということですか?」
俺の心を読んだアルカがすかさず質問を投げかけてくる。
なんかもう遠慮ってものがないよね。このままずっと心で会話していい?
「読むのも疲れるので声に出してください」
「はいはい。お察しの通りあの筋肉と攻撃は反転によるものだよ」
「何を……いえ、受けた攻撃を反転させた?」
「正解。筋肉変身は副次的なもんだろうね」
つまり、基本的な能力の運用方法としては、
・メスガキ状態で煽り、攻撃を受ける。
・一撃必殺までエネルギー溜める。
・筋肉だるまになって確殺する。
といった感じになるだろう。
いかにして相手にカウンターを悟らせず、またとにかく煽りまくって隙を作れるか。その立ち回りを考えるのが次のステップといったところか。
能力を知られていなければ普通に強いと思う。
そして能力を知られていればさらに強いと思う。
もちろん対策なんていくらでもできるんだけど。
というか多分、本来の用途としては不適格じゃないかな、教えないけど。
「知ってても煽られたら攻撃してしまいますしね」
「そうだね。っていうかいつまで項垂れてんの」
「だってよぉ。ようやくこの体とおさらばできると思ったのに、デフォルトがこれって。おお神よ救いはねぇのか」
「こんな時どんな顔をすればよいのでしょうか」
「笑えばいいと思うよ」
「ふっ」
「鼻で笑うな! つーかお前が笑うなよ」
「そんなことより服を着たらどうです?」
「あ? ……うおっ、全裸じゃねーか」
今更気付いたんかい。あばらの浮いた貧相な体なんだから、別に隠す必要もなかろうに。いや、だからこそ恥ずかしいとか?
まあ何にせよ俺の趣味ではない。
「旦那、なんか服くれ」
「えー、なんでもいい?」
「この際だ文句は言わねぇよ」
しょうがないなぁ。あ、ちょうどいいしあれでいいや。
パチン、と指を鳴らして、ネネを瞬時に着替えさせる。
うんうん、似合ってるね。




