神様の影法師④
さて、とルチアが俺たちの方を向いて、頭を下げた。
「ごめんなさい。今回の落ち度は全面的にこちらにあるわ」
「うむ苦しゅうない。面をあげいん」
「ルメル様。こういう時はちょけないでください」
アルカにぴしゃりと怒られた。
でもさ、だってこういう重い空気って苦手なんだもん。
ルチアがそっと顔をあげる。その表情には覚悟が滲んでいた。
「それで、フードちゃんの件はどう落とし前をつけるわけ?」
「フード? ああ、クレアね。あたしにできることならなんでもいいわよ」
「なんですかそのエロ漫画の導入みたいな返答は」
ふむ、言い得て妙だね。でも悲しいかな、ルチアは俺の好みではないのだ。
「というか、そんなに大事なんですか?」
「重罪よ。下手をすればあたしの首が飛びかねないほどのね」
今回フードちゃんが犯した問題行動としては、他区画への無断侵入、レギオンの誘因と誘致、正当性のない天使への攻撃などなど様々である。
そして極めつけは、俺への攻撃だ。
天使長とは一介の天使とは次元を異にする存在なのだ。簡単に言うと、天使長への攻撃とは、そのまま神への反逆行為と捉えられ兼ねない。
反逆を企図していると判断された場合、天使としての権限の剥奪及び、まあ冥界送りが妥当だろう。
当然ながら部下の失態は監督不行き届けとして上司の責任でもある。
同等以上の刑が科されることは想像に難くない。
首が飛ぶとはつまりそういうことだ。
神妙な面持ちで答えたルチアの言葉に、アルカは驚き閉口した。
まあ無理もないか。だってその辺の規定ってまだ詳しく教えてないし。
他所の区画に行っちゃダメだよくらいしか伝えていなかったと思う。
……俺とルチア、もしかしたら逆だったかもしれねぇ。
何はともあれ攻撃されたのはアルカたちであり、また俺である。
ということは、何をどうするかは俺の裁量によって決まるということ。
さーてさてさて、なにを頼もうかしら。
「なんでもって言ってもさ、まずは誠意を見せてもらわないとなぁ」
「よくそんな三下ムーブできるわね」
「弱きを圧するは邪道の極みって言うだろ」
「リブラ様が見たら泣くわよ」
「あれが見てたら仲良く冥界行きだろうな」
「あたしを巻き込まないでよ」
ルチアがぷりぷりしながら文句を言う。
少しずついつもの調子が戻ってきたようで何よりだ。
「でもそうね。じゃあ新人研修の引き受け合いでどうかしら」
「新人研修ですか?」
「ええ。知ってると思うけど、見習いから下級に昇格するにはいくつか研修をこなす必要があって、そのうちの一つが他事務所での業務遂行なの」
「初耳です」
「うそでしょ」
「嘘じゃないよ。言ってないもん」
「あんた、天使長としての自覚ってものはないの?」
ルチアの視線が痛い。ほんと物理的な痛みがあるのが余計に質が悪い。
いやね、俺だってその気がないわけじゃないんだよ。
でもさ、新人のうちにあれもこれもって詰め込んでたら大変じゃん。
そう配慮ってやつだよ。こう見えて部下思いなんだよ俺ってば。
もちろん聞かれたら答えるつもりだったし。
訊いてこなかったアルカたちが悪いんじゃないかな。
「ルチア様。無礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」
「許すわ」
「聞く限りでは、今回の事態を収拾する提案としては少々不釣り合いな内容であると感じましたが、納得いく説明をしていただきたく」
「……あなた優秀ね。ルメル、この子あたしにくれない?」
「やだよ。本人の同意があっても認めないからね」
「そう。アルカと言ったわね」
「はい」
「あなたの疑念はもっともよ。けど、提案自体は妥当だと思うわ」
「と言うと?」
「ルメルってね、ほとんどの天使長から嫌われてるのよ」
「俺は何もしてないよ」
「心を読まないでください」
「だから新人研修を引き受けてくれるところなんて、どこにもないわね」
まあそういうことである。
俺が色々と説明してこなかった理由の一つには、実現不可に近しいため言っても仕方がないと判断していたというものがある。
別に嫌われるようなことなんて、一つか二つしかしてないのにさ。
寛容も意気地もない薄情なやつらだよほんと。
そういえば肝要の肝って人間でいうところのどのあたりなのだろうか。
じっとアルカのお腹を眺めてみた。
「きも」
「まだ何も言ってないじゃん」
「それでどうかしら。あたしの提案はのんでもらえる?」
「ちょっと待った。引き受け合いってことは」
「もちろん相互にって意味よ」
「研修に来るやつって」
「クレアよ」
ああそうですか。こいつ、あの問題児ちゃんを押し付けようって腹か。
多分きっとメイビー、他事務所に行ったら問題行動を起こすと踏んで、ついでに二の足を踏んでいたところにこの提案だ。さぞ都合がいいことだろう。
表向きは詫びのつもりでも、ちゃっかり実利を拾っている。
しかも俺が断らないことを確信しているときた。どこぞのババアに似て卑らしくなってきたんじゃないかねほんと。
「分かったよ。その話で今回のことは不問にしてあげる」
「あら、ずいぶんと聞き分けがいいわね」
「実際悪い話じゃないしな。つーかこの前言ってた紹介したい新人って」
「クレアよ」
「どこで拾ってきたんだよあんな危ないの」
ルチアはつと目を逸らして、バツの悪そうに小さく唇を噛んだ。
「うちの神様が育てろって渡してきたの」
「うわぁ」
「あたしだって不本意なんだから。でも命令なら仕方がないじゃない」
それもそうだね。神の気まぐれを突っぱねることができる天使なんて、まして天使長なんて、いるはずもない。ご愁傷様である。
「じゃあ詳細は追って連絡するから。あたしはもう行くわね」
「お気をつけて」
「二度と来んなよ」
ルチアは勢いよく跳躍して空に昇ると、宙を蹴って彼方へと消え去った。
「丸く収まってよかったですね」
「丸く、かなぁ」
「でもネネが何も言わないのは少し意外でした」
「あん?」
アルカが言って視線をネネに向けると、ネネは眉間にしわを寄せて凄んでみせた。まるで怖くないことを除けば、苛立ちを募らせていることは見て取れた。
「直接的にやられたのはあなたでしょう。それを私たちが勝手に取り決めをして事を収めてしまったのは、あなたにしてみれば不服なのでは?」
「別に不満がねーわけじゃないけどな。だからって、天使長同士の話し合いに首突っ込むほどキレちゃいねぇよ」
なるほどずいぶんと常識的かつ冷静な判断だ。
ご褒美に今度スク水とランドセルを着せてあげよう。
これでメスガキ感は天元突破すること間違いない。
「それにやられる分には俺が適任だしな」
「負け癖がつくと直すのに苦労しますよ」
「見てきたみたいな言い方だな」
「これでいいやと下り坂を転がる人なら何人か」
「お前も大概心配性だよな」
そうだね。仲が良くなってて何よりだよ。
心配と言えば、メイとアンは?
話し合いの最中には一切声が聞こえなかったが。
周囲を窺うと、二人で肩を寄せ合いながら座って眠っている姿があった。
近くに寄ると、すーすーと寝息が聞こえてくる。
あまり面白くない話し合いだったとはいえ、あの場をして眠ってしまえるとは中々に豪胆である。将来はかなり有望なのかもしれない。
軽く頭を撫でてみると、メイが「えへへ」と笑みをこぼした。
アンは「うぅ」とどこか悲しそうな辛そうな表情で唇をすぼめた。
あれだな。可愛いな。ずっと撫でていられそうだ。
でもこれだとまるで
「ペットみたいですね」
「ライム読みは禁止だぜ」
「ではせめて韻を踏んでください」
まったく、思っても言わなかったのに。デリカシーって知ってる?
「そんでどうすんだ。外回り続けんのかよ」
「いや一旦帰ろうか」
二人を起こすのは少々忍びないが、このまま置いておくわけにもいかない。
「この後は何かご予定が?」
「みんなのことを鍛えようかなって」
レギオンの発生件数増加と格の上昇、それに加えてルチアの事務所での研修がある以上、戦力アップは最優先事項となってしまった。
面倒だが、醜態をさらさない最低限の実力は身につけてもらおう。
「それじゃあ帰ろうか」
パン、と手を叩いて、俺たちは事務所の前へと転移した。
こいついっつも転移して終わるな
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